農場HACCPとは、畜産農場で発生し得る危害を防止し、畜産物の安全性を高めるための衛生管理手法です。HACCPとは2021年6月から食品を扱うすべての事業者に義務化された衛生管理手法を指します。このHACCPを畜産農場に応用したものが、農場HACCPであり、牛や豚、鶏などの家畜を飼養する農場が対象となります。
自治体HACCP(地域HACCP)や大日本水産HACCPなどと同様に、畜産物にも認証制度(農場HACCP)があり、取得により取引の円滑化や衛生レベルの向上などのメリットを得られるでしょう。
本記事では、農場HACCPの概要を説明した上で、農場HACCP認証を得るメリットとデメリットを解説し、認証の取得方法を紹介します。農場HACCP認証に関心がある方は、ぜひ参考にしてください。
農場HACCPとは、畜産農場の飼養衛生レベルを向上させて、重大な危害要因が発生するポイントを継続的に監視・記録することで、畜産物の安全性を担保する衛生管理手法です。
そもそもHACCP(Hazard Analysis Critical Control Point:危害要因分析重要管理点)とは、原材料の受け入れから、保管、製造、包装、出荷までの製造工程ごとに微生物による汚染や異物混入などの危害要因を分析し、重要な危害が起こり得る工程を管理して、不良品の出荷を防ぐシステムを指します。このHACCPの考え方を畜産農場に当てはめて、安全性の高い畜産物の生産を目指す取り組みが農場HACCPです。
農場HACCPは、基礎的な飼養衛生レベルの向上を目的とした「一般的衛生管理プログラム」と、危害要因が発生するポイントを管理する「HACCP計画」で構成されることが特徴です。さらに、構築した衛生管理システムの定期的な検証と改善により飼養衛生レベルを向上させ、畜産物の安全性を高め続けることが求められます。
また、農場HACCPにも認証制度が存在します。農場HACCPの認証を行っているのは、公益社団法人中央畜産会とエス・エム・シー株式会社の2機関です。認証取得を希望する農場は、上記いずれかの認証機関に申請して審査を受けることになります。
なお、認証機関や関係機関で構成された「農場HACCP認証協議会」が、認証農場の取りまとめや認証機関の公表、審査員の研修などを行っています。
農場HACCP認証を取得している農場数は年々増加し、合計459件に上っています。中でも多い畜種が養豚や肉用牛で、それぞれ100件を超えています。以下の表は、農場HACCP認証を取得している農場数の推移を示したものです。
農場HACCP認証を取得している農場の推移
画像引用元:農場HACCP認証取得農場数の推移|農林水産省
農場HACCPの認証基準は第一部と第二部に分かれています。第一部では農場HACCPの導入に必要な基礎的な取り組み(一般的衛生管理プログラムとHACCP計画)、第二部では畜種別(乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏、肉用鶏)の衛生管理基準が規定されています。
農場HACCPの基礎的要求事項が示されている第一部の主な内容は、次のとおりです。
一般的衛生管理プログラムとは、農場HACCPを導入する前提条件となる、最低限必要な衛生管理を指します。畜産物に関する事故は、生産段階での基本的な衛生管理が不十分なことが原因となるケースが少なくありません。したがって農場HACCPの導入前に、まず基本となる衛生管理に確実に取り組むことが大切です。
一般的衛生管理プログラムは飼養衛生管理基準を基礎として、適切な法令や規則、ガイドラインに基づいて作成します。一般的衛生管理プログラムでは、特に病原体の侵入防止を目的として、農場へ立ち入る人の制限や消毒や、家畜へ与える水や飼料の管理、受け入れる家畜の健康状態の確認、野生動物の侵入防止策、農場の整理整頓と消毒などについて十分な管理が求められます。
HACCP計画とは、危害を防止するために重要な工程を明確にし、管理方法を定める取り組みのことです。HACCP計画では、HACCPの7原則に基づいて次の事項を定めます。
認証基準の第二部は、5つの畜種別に以下の内容がまとめられています。
従業員の更衣室やトイレなどの共通事項から、畜種ごとに異なる内容まで、基準は詳細で多岐にわたります。畜種ごとに異なる内容の例を挙げると、乳用牛の健康管理については哺育牛・育成牛・乾乳牛・搾乳牛と項目が分かれており、搾乳作業や搾乳牛の交配についても管理基準が定められています。
また、衛生管理ガイドラインでは、畜種ごとに危害因子(HA:Hazard Analysis)を定めています。衛生管理ガイドラインにおいて、乳用牛の危害因子として規定されているのは、サルモネラ菌、病原性大腸菌O-157、抗菌性物質の残留です。これらの因子が混入すると考えられる工程を洗い出し、危害の発生を防ぐ措置を講じることが求められます。
農場HACCPと似ている認証制度にJGAP(ジェイ・ギャップ)があります。JGAP(Japan Good Agricultural Practices:日本の良い農業の取り組み)とは、持続可能な農業を実現するために、農畜産物の生産者が守るべき基準とその実践を指します。GAPは「農業生産工程管理」と呼ばれることもあります。SDGsと親和性があり、JGAPに取り組むとSDGsの達成にも貢献できます。
JGAPの構成内容は、主に次の7つです。
JGAPは、農場HACCPの範囲に含まれない労働安全、環境保全、人権の尊重、アニマルウェルフェアという取り組みまでカバーしています。そのため、対応するべき範囲が農場HACCPよりも広いことが違いとして挙げられます。
一方で農場HACCPは、重要管理点の監視・記録による安全な畜産物の生産が目的であり、衛生管理に特化していることもJGAPとの違いです。従って、衛生管理レベルは農場HACCPの方が高いといえます。
農場HACCPとJGAPは、ともに安全な畜産物の生産を基本としています。どちらの認証取得を目指すかは農場の方針によるでしょう。
農場HACCP認証の取得にはメリットがある一方で、デメリットも存在します。両方を把握した上で、認証取得を検討しましょう。
農場HACCP認証の取得により畜産物の安全性が証明されるため、取引先からの信頼性が高まり、交渉がスムーズに進むことが期待できます。
農場HACCPにおける衛生管理では、HACCPに沿って家畜の飼養と畜産物の生産における危害要因を分析し、重要管理点を継続的に監視・記録することで徹底した衛生管理を行います。さらに認証を得るためには、第三者機関による審査をクリアしなければなりません。
従って、農場HACCP認証は畜産物の高い安全性を証明するものであり、取引先からの信頼獲得につながります。その結果、取引や新規開拓において農場HACCP認証の取得が有利に働きます。
さらに、HACCPは世界中で導入されている衛生管理手法であるため、輸出において農場HACCP認証を取得している方が優先的に取引されるケースも少なくありません。海外市場への参入や輸出の強化を検討している農場にも、農場HACCP認証はプラスになるものといえます。
農場HACCP認証を取得し、衛生管理システムを継続的に運用することで、記録や経験が蓄積されて、食の安全性や衛生に関する農場全体のレベルが高まります。
農場HACCP認証は取得して終わりではありません。PDCAサイクルを回して継続的にシステムを改善・更新することで、畜産物の安全性を高め続けることが重要です。農場HACCPの運用により蓄積された記録や経験を有益なリソースとして活用すれば、農場の衛生管理レベルはさらに向上していくでしょう。
PDCAサイクルを回すことで作業手順の見直しが常に行われるため、工程の無駄が省かれます。家畜の健康状況を把握して病気を予防するなど、家畜を適正に管理できれば生産性が高まり、畜産物の品質向上も期待できます。さらに、農場HACCPの運用を続けることで従業員に衛生管理に対する意識が定着すれば、より高いレベルでの衛生管理が実施できます。
メリットが有る一方で、農場HACCP認証の取得や運用には多額の費用がかかるというデメリットもあります。
農場HACCPの認証審査には、初回審査、更新審査、維持審査の3つがあり、それぞれに審査料の納入が求められます。初回審査は、最初に認証を受けるための審査です。農場HACCPの認証は、3年間の有効期限があり、更新審査を受けることで認証を継続できます。また、3年間の有効期間内には、中間的な確認を行う維持審査を受ける必要があります。
各審査にかかる費用は次のとおりです。
法人経営 |
法人経営以外 |
|
初回審査 |
29万円 |
19万円 |
更新審査 |
29万円 |
19万円 |
維持審査 |
15万円 |
10万円 |
参考:農場HACCP認証に関するFAQ|農場HACCP認証制度について
農場HACCPに関するコストは、審査費用だけではありません。農場HACCPの運用には専門知識やスキルを持つ人材を雇用する人件費、検査機器の購入費、検査費、消毒・清掃費などがかかるため、農場の運営コストが増加する可能性があります。
また、認証取得をコンサルティング会社などに委託するとさらに費用がかかります。このように農場HACCP取得には決して安くない費用がかかり、認証を維持するためのコストが継続して発生することを理解しておきましょう。
農場HACCP認証の取得や運用に必要な書類の管理が煩雑であることも、デメリットといえます。
農場HACCPでは、家畜・畜産物の出荷形態や出荷先、作業工程や生産環境、作業手順や作業マニュアルなどのさまざまな事項を文書化しなければなりません。さらに、日々の家畜の健康状態、薬品の使用履歴、畜舎の温度や湿度、機械の点検などの記録の保管も求められます。
しかし、家畜を飼養し、屋外環境にさらされることの多い農場では、記録用紙が汚れたり水に濡れたりする場合があります。記録を適切に残せなければ認証取得が難しくなる可能性があるため、記録の管理方法を工夫することも大切です。
膨大な書類や記録を適切に管理する方法の一つとして、デジタル化が挙げられます。大量の書類をデジタル化すれば、管理を一元化でき、書類を保管するスペースも削減できます。また、紙のように濡れたり破れたりして記録が失われることもありません。
文書や記録を効率的に管理できるよう、作業環境に合った方法を取り入れてみましょう。
農場HACCP認証の取得を目指すことが決まれば、農場指導員や畜産協会、家畜保健衛生所職員などから指導を受け、農場HACCPの運用体制を整えます。準備が完了したら、認証機関に申請して認証審査を受けましょう。
認証審査では文書審査と現地審査を行い、農場HACCPの取り組みが認証基準に適合しているかを審査員がチェックします。認証基準に適合していれば認証機関から認証書と認証マークが付与され、認証農場として農場名が公表されます。
前述の通り、認証を継続するためには定期的に審査を受けなければなりません。維持審査は、初回認証取得後の10ヶ月〜1年10ヶ月以内に申請する必要があります。さらに、認証が有効期限を迎える2ヶ月前までには更新審査を申請し、審査の結果、基準に適合していると判断されれば認証が更新されます。
その後も同様に維持審査と更新審査を受けると、認証を保持し続けることが可能です。
家畜を取り扱う特性上、認証基準には農場HACCPならではの事項がみられます。例えば、家畜や畜産物の出荷先には、ワクチンや薬剤の投与歴を含む情報提供が必要です。
乳用牛を扱う農場では生乳処理施設や搾乳器具の衛生管理、採卵鶏や肉用鶏を扱う農場では雛を受け入れる際の給餌器や給水器の準備についても、細かく規定されています。
また飼料の受け入れに関しては、規定のガイドラインに基づき、サルモネラ菌などの病原体に対する適切な衛生管理や検査を行っているもののみ受け入れ可能と定められています。
獣医師などにより定期的に指導を受け、その内容を記録・保管することも必要です。家畜の健康管理、抗菌性物質などの薬物に関わる衛生管理は、どの畜種でも重要管理事項とされています。中でも乳用牛は搾乳器具の点検、肉用牛と豚は注射針の残留に関わる衛生管理も重要管理事項に含まれていることが特徴です。
加えて認証基準では、牛や豚の分娩、家畜の糞や死体の管理についても規定されています。このように、認証基準には農場HACCP、さらには畜種独自の事項も数多く定められています。認証審査を受ける場合は、抜け漏れのないよう入念に準備を進めましょう。
農場HACCPは、畜産農場における危害要因を分析し、家畜の飼養や畜産物の生産における重要管理点を継続して監視・記録することで、食の安全性を高める衛生管理手法です。
農場HACCPには、食品製造業におけるHACCP同様、認証制度があります。準備や運用のコストや文書、記録の管理に手間がかかることが認証取得のデメリットに挙げられます。一方で、認証取得により取引先からの信頼が高まり交渉を円滑に進められること、農場の衛生管理レベルや生産性、畜産物の品質の向上が期待できることがメリットです。
畜産物の安全性を確保し、衛生管理体制を向上させたい農場は、農場HACCP認証の取得も検討してみましょう。