製造業の現場では、生産活動時の安全性を確保し、より安全性の高い現場とするための改善活動が必要不可欠です。その中でも、危険を感じてヒヤリとしたり、ハッと驚いたりはしたものの、重大な事故にはつながらなかった事例、「ヒヤリハット」事例」は、基本的な考え方ですが、非常に重要です。
安全衛生管理者は、ヒヤリハット事例を集め、改善していくことが業務の一部としてありますが、徐々にネタ切れを感じることがあります。ヒヤリハット事例がなくなるのは、安全性が高まったためであると考えることも可能ですが、安易に安心してしまうと、大きな問題につながる芽を見過ごしてしまうことにつながりかねません。
本記事ではヒヤリハット事例がネタ切れになってしまった際に、再度危険要因を見つけ出すためのヒントや他社で挙げられている事例を紹介します。
ヒヤリハット事例とは、危険を感じたり(=ヒヤリ)、驚いたり(=ハッと)したものの、事故にならずに済んだ事例を指します。ヒヤリハットは事故の前兆でもあるので、管理者は、従業員から確実に報告をもらい、適切に対処することで、より深刻な事故や障害を未然に防ぐことができます。
工場には大きな機械や車など、容易に事故に結びつく道具が多々あります。また、高温下での作業や鋭利な刃物を用いての加工など事故に結びつきやすい場面も少なくありません。こういった危険な場面が多くあるので、事故に繋がる可能性のあるヒヤリハット事例があった際は、すぐに対策を打つ必要があります。
例えば、化学薬品を多く使う工場での火災では、有毒なガスや液体が周囲に漏れ出したり、薬品に引火し、爆発事故になってしまい、甚大な被害をもたらす恐れがあります。また、クレーン車のような大きな工作機械に巻き込まれて作業員が死亡したり、鋭利な刃物を用いた作業中に指を落とすなど、人命に関わったり、大きなケガにつながることも考えられます。
ヒヤリハット事例の抽出はこうした重大事故を防ぐための最も基本的かつ重要な方策です。日々怠ることなく継続的に実施することが職場の安全確保につながります。
ヒヤリハット事例の発見と改善は、日々行うべきものであり、メンバーに一定数のヒヤリハット事例の提出を義務付けている現場もあります。
また、監査機関や取引先から安全管理の取り組みの実例として、改善記録の提出を求められることもあります。しかし、改善が適切になされている現場であればあるほど、安全性が高まっているため、なかなか異常を発見できずに、ヒヤリハット事例がネタ切れになってしまうことがあります。
仮に無事故状態が続いているとしても、「何もしなくても安全は確保されている」という意識が根付いてしまうと、メンバー個々人の危険への感覚が鈍り、重大な事故につながる異常を見逃す恐れがあります。
各々の職場で安全対策の「常識」とされていることが、本当に正しいのか否か常に疑っておき、時には対策を大幅に見直すことも必要です。
ヒヤリハット事例がネタ切れしてしまった際、参考になるものを工場に設置してある設備や各作業ごとに紹介します。自分の職場に当てはめて考えてみることで、見逃している異常がないかどうかを改めて確認してみましょう。
ミキサーや撹拌機・混練り機などの回転設備がある工場の場合、手や作業着が巻き込まれてしまうことがあります。
例えば、パンや菓子製造業などで、お菓子の生地を練るローラーを清掃する際に、手や作業着が巻き込まれてしまうことがあります。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
原因として以下のようなことが考えられます。
対策はいくつかありますが、従業員に以下のようなアナウンスをするのが良いでしょう。
プレス機器を扱う現場での作業には、常に身体がはさまれてしまう危険性を伴います。
例えば、樹脂粉末をプレス機で圧着形成する作業中に手を挟まれてしまうことが考えられます。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
以下のようなことが原因として考えられます。
対策としては、以下のようなものがあります。
刃物の付いた設備・刃物を使った作業を行う現場では、手や身体を切ってしまったり、最悪の場合、切断事故にも繋がります。
例えば、木や金属などの材料を切断・加工する現場で、刃物が動いている最中に手を入れて、手や指を切断してしまうことがあります。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
原因としては以下のようなことが挙げられます。
対策として、従業員への周知や仕組みで解決できるようにするのが良いでしょう。
重量物を運搬する現場には、ベルトコンベヤーや固定式クレーンなどの機器があり、ベルトコンベヤーに手や作業着を巻き込まれたり、クレーンの操作を誤って運搬する物を落下させたりする事故が発生する危険性があります。また、機械化が進んでいているとはいえ、まだまだ人力に頼る場面も多く、人為的なミスも起こりやすい現場です。
例えば、作業員が大きな石を抱えて運搬中に手を滑らせて落とし、足を怪我しそうになることもあります。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
まず、以下のようなことが原因として考えられます。
以下のような対策を行うと事故を未然に防ぐことができます。
薬品の中には、皮膚に触れてしまうとやけどのような症状を起こすものや、吸い込んでしまうと生命の危機につながるような危険なものが多数あります。
例えば、薬品を用いて清掃を行う際に、使用する手袋に穴が開いていることに気づかないまま清掃に取り掛かると、薬品が直接皮膚に触れてしまい、炎症を生じてしまうことがあります。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
この例では、以下のようなことが原因として考えられます。
以下のようなことを対策や薬品に関する知識を従業員に周知することで、事故を未然に防止することができます。
物品の運搬や現場内での移動などで、フォークリフトや車両などを利用する機会はかなり多く、それに伴って危険な場面も多くなります。
例えば、フォークリフト等の重機のバック走行では、死角が多く、重いものを運んでいるため、衝突のリスクや運搬中の荷物が崩れてしまい、歩行者を巻き込んだ事故につながることも考えられます。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
以下のようなことが原因として考えられます。
以下のようなことを対策として行うことで、事故の防止につながります。
機械を使った作業以外にもヒヤリハット事例は存在し、一見些細なことであっても、重大な事故に繋がる可能性のある事象は多々あります。
例えば、荷物をもった人が階段から駆け下り、階段下の通路を歩行している方に衝突し、怪我をさせてしまうケースが考えられます。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
原因としては以下のようなことが考えられます。
以下のような対策を講じることで再発を防止できます。
事務作業でも、重い荷物を運んだり、高いところにある物品をおろすために脚立に乗ったりするなど、事故や怪我に繋がる可能性のあります。
例えば、棚の下の段に入った重い荷物を持ち上げる時に腰を痛めたり、手を隙間に挟んでしまったりすることが考えられます。
画像引用元:職場のあんぜんサイト|厚生労働省
原因としては以下のようなことが考えられます。
以下のような対策を行うことで事故を未然に防止することができます。
ヒヤリハットがネタ切れしないためには、従業員個々人の危険への感度をつねに高めておくことが必要ですが、そのためには組織を挙げての積極的な取り組みと、その継続が欠かせません。ここから具体的な取り組み方法を9つ紹介します。
ヒヤリハット事例は、事故に至らなかった危険な状態であり、どんな些細な出来事でも報告すべきです。しかし、危険な状態の基準があいまいだと、個人の基準での判断になり、報告されないことがあります。
例えば、「重いものを持ち上げる際に腰を痛めたという事例」を報告しなかった場合、その作業工程は見直されないため、他の人も同じように腰を痛めてしまう可能性があります。
また、ヒヤリハット以前の従業員が作業において気になっている「気がかり事案」を提出してもらうことも事故を未然に防ぐ効果があります。
過去のヒヤリハット報告が実際の安全対策につながった事例の共有化も、従業員を勇気づけ、ヒヤリハット事例の積極的な報告を促します。
共有する際には、「○○さんの危険感知度の高さが危険の発見につながった」や、「普段からの細やかな気配りが事故を未然に防止した」など、ヒヤリハット報告者を褒めるような表現すると良いでしょう。従業員のモチベーションを高めるとともに、ヒヤリハット報告を推奨するような職場の空気を醸成するのに役立ちます。
せっかくヒヤリハット事例を報告しても、上司から叱責を受けたり、仲間から非難されたりしたのでは、新たに報告しようという意欲は湧かず、むしろヒヤリハット事例を隠匿する方向に向かってしまいます。
ヒヤリハット事例の提出者を咎めるのではなく、称賛することを従業員にも徹底させましょう。管理職者も、ヒヤリハット報告者に対し、感謝の意を示す必要があります。
ヒヤリハット事例は、日常の業務の中で起こるので、書く暇がなかったり、出来事そのものを忘れてしまったりして、記録に残すことがおろそかになってしまいがちです。
そのため管理者の方は、ヒヤリハットについて考えたり、書き残すための時間を用意してあげましょう。
例えば、毎週金曜の終業前30分間をヒヤリハット事例を考えたり、書き残す時間に決めてしまったりするなどが良いでしょう。一週間の業務を振り返り、ヒヤリハットを改めて考えてみることで、新たな危険の芽を発見することにつながります。
同じ作業を行っていても、人によって危険と思う基準が異なる場合もあります。そのため、複数人で作業手順を確認し、共通認識を持つことも重要です。
例えば、薬品の色を確認する際に、目の位置よりも上にあげて見ていたら、薬品がこぼれて目に入る危険性がありますが、検査員本人にとっては無意識の行動であるため、その危険性に気づいていないかもません。このような場合に有効なのは、他者から客観的な評価で、指摘してもらうことです。指摘してもらうことで、危険性に気づけ、作業工程の安全性が担保されます。
これまで使っていたマニュアルを見直し、今までの作業方法を見直すこともヒヤリハットの発見に繋がります。マニュアル通りに作業していたつもりが自己流になっていたり、マニュアルに沿って行っていた作業が実は危険であったりなどが考えられます。
定期的にマニュアルのアップデートをするとともに、自己流でやっていないかなどの確認も一緒に行っていきましょう。
過去において起こったヒヤリハット事例を従業員同士で読み合わせる場を設け、自分も同じ経験がないかを確認してもらうのも有効な手段です。
過去に一度提出されているから、再度同じ内容のものを提出することは無意味なのではないことを伝えましょう。
提出されているにもかかわらず同じ体験をしたということは、まだその危険が解消できていないということだからです。そのため、同じ内容のものを提出することも意味があるとを伝え、もしそのようなことが起これば、管理者は危険性を取り除けるような対策を取りましょう。
自分自身は安全に作業出来ていても、他の人も同じように作業できるか否かを考えてみることも、ヒヤリハット事例発見の大きなヒントになります。
自分より年上の方、背が低い方、性別が違う方、作業に関する習熟度が浅い方でも同じように安全に作業できるのかどうかを改めて考えてみましょう。
例えば、安全な状態を緑、危険な状態を赤のランプで示す機器を用いて作業している場合に、色弱の方だったら判断がつかないのではないかという疑問を感じるように、常に意識を持っておくことを意識してもらう職場づくりをしましょう。
地震をはじめとする自然災害は予期せぬ時に襲ってきます。また、思わぬところでつまずき、転んだり、いつもと同じ作業方法なのにトラブルが発生してしまったりすることも考えられます。
そのような場合でも安全性が保たれているか否かを考えてみることも必要です。発生確率的が低い事象についても、対策を考えておきましょう。
ヒヤリハット事例を職場全体であげる取り組みは、自分と職場の仲間たちを重大事故から守るために必要です。もしネタ切れした際は、設備・作業の特徴ごとのヒヤリハット事例をみて、自分の現場に当てはまる危険がないかを考えてみましょう。
またヒヤリハット事例のネタ切れは、アイデアや発言しやすい職場の雰囲気を作ることで解消できます。日々の地道な呼びかけや雰囲気づくりでヒヤリハットのネタを集め、現場の安全性を高めていきましょう。