管理職や現場をまとめる立場として、従業員の安全を守るためにKYT(Kiken Yochi Training:危険予知訓練)の実施に効果を期待している人も多いと思います。ただ、KYTにはそもそもどんな目的があるのか、具体的に何を使ってどう進めればよいのかとお悩みの方も多いのではないでしょうか。
製造業や物流業など事故のリスクが高い業種では安全な職場環境の構築が重要な課題となっており、その実現のために注目されているのがKYTです。KYTとは、現場の作業者自らが主体となって潜在的な危険要因を見つけ出し、その対策を立てることで事故を未然に防ぐための手法です。
本記事ではKYTの目的や具体的な進め方について、4R法と呼ばれるKYTを効果的に進める方法を詳しく解説します。また機械製造業や物流・運輸業、食品製造業などのさまざまな業種に共通する危険要因とその対策に対して、イラストを使ったKYTの実践例を交えて紹介していきます。
KYTをやったほうが良いと思っているけど従業員にどう説明すればよいか分からない方、具体的な方法が知りたい方は、ぜひ参考にしてください。
KYT(Kiken Yochi Training:危険予知訓練)は、少人数(3人〜6人)のグループでイラストを使用した例題を用意したり、実際の現場での作業させたりして、意見を募り、話し、考え合って、潜在的な危険について確認し、事故やトラブルを未然に防ぐための訓練方法です。
例えば、倉庫内でカゴ台車に積んだ荷物を運んでいる状況に対して、考えられる危険をグループ内で洗い出します。
【回答例】
多くの意見を出し、その中でも最も重要な危険箇所をメンバー同士で決め、具体的な対策を立てて危険を回避するための行動指針を設定します。
危険箇所 |
回避方法 |
カゴ台車の荷物が固定されていないので、崩れて押している従業員が下敷きになる |
荷物をゴムベルトや荷崩れ防止リールで固定する |
普通のスニーカーで作業していたので、カゴ台車の車輪に足を踏まれてしまう |
カゴ台車で作業するときは安全靴を着用する |
カゴ台車の荷物で前方が見えなかったので、通路にいた人にぶつかってしまう |
視界を確保できるように台車は引っ張って移動させる |
KYT(危険予知訓練を行うときの例)
このように実際に作業する現場を例として、作業する人自身で危険を把握して行動できるようにするのがKYTの本質です。
KYTは、KY活動(Kiken Yochi 活動:危険予知活動)と似ていますが、内容は少し異なります。KY活動がおもに管理者や監督者が中心となって危険要因を洗い出して対策を立てるのに対し、KYTは現場の作業者自らが主体となって危険を予知して対策を立てるところに特徴があります。
KYTを行う際は、基本的に「4R法」に沿って進めていきます。4R法とは、どんな危険が、どこに潜み、自分ならどう対応するか、企業としてどんな対応をするかを決めるを4つの段階(ラウンド)で思考し、継続的に危険予知能力を向上させていく方法です。
4R法を継続的に実践することで従業員の危険予知能力が向上し、職場の安全性が高まっていきます。
KYTを行う目的は、危険性の把握と従業員の意識向上、安全な作業の習慣化の3つを達成するためです。
効果的なKYTを行うためにも、目的をしっかりと理解しておきましょう。
KYTの目的の1つは、事故やトラブルを未然に防ぐためであり、作業現場に潜む危険性を具体的に洗い出すことが重要です。
例えば製造業であれば、保護具を付けないで作業したこと、運輸業であれば、運転中によそ見をしてしまったことなど、事前にKYTを行っておけば防げるような事故も多くあります。
立川労働基準監督署管内で、令和二年に集計した労働災害の発生状況に見ると、全業種の災害が791件に対して、製造業の災害は83件(約10%)となっています。その中でも、転倒災害が24%(約20件)、はさまれ・巻き込まれが21%(約18件)となっていたり、その他でも動作の反動や無理な動作、墜落・転落が原因になっているものが多くあります。これらもKYTを行っていたら防げた可能性もあります。
例えば製造業では、機械の回転部分に手が巻き込まれる事故が発生していますが、KYTで危険箇所を洗い出し、安全カバーを設置するなどの対策を立てれば未然に防ぐことが可能です。
また全日本トラック協会が発表している「事業用貨物自動車の交通事故の発生状況」を見ると、整備不良が原因の事故は、軽傷事故のみですが6件発生しています。こちらもKYTで車両の点検項目を洗い出し、確実に点検を実施する習慣をつけることで事故を防げたかもしれません。
このようにKYTで危険性のある作業や環境を事前に把握し適切な対策を立てられれば、事故やトラブルの可能性を抑えられます。
KYTは管理者からの指示や教育、マニュアル配布のような受け身の学習ではなく、従業員が能動的に考えて行動を起こす活動です。従業員自らが危険を予知して対策を立てることで、安全に対する意識が高まります。
また実際に現場で働くほかの従業員の考えを聞いたり、自分が思っていることを言語化したりすることで危険な業務や環境がより明確になります。とくに自分では気づかなかった危険箇所をほかの従業員から学ぶことができるのが、KYTの大きな利点です。
KYTは定期的に行うことが重要であり、これは安全に対する意識を継続的に高めて安全な行動を習慣化するためです。1回のKYTで完璧な対策を立てることは困難ですが、定期的に実施することで徐々に改善させることが可能です。
定期的にKYTを行った結果、従業員の意識や行動は以下のように変化していきます。
従業員が自ら能動的にKYTを行うことで従業員の安全に対する意識が高まり、安全な行動が習慣化していきます。
KYTの最終的なゴールは、洗い出した危険要因に対する具体的な対策を行動目標として設定することです。行動目標を明確にすることで従業員は何をすべきかが明確になり、実践しやすくなります。
例えば、作業前に必ず安全確認を行うことや、危険な箇所にはラベルを貼るなどの具体的な行動目標を設定することで、従業員は意識して行動するようになります。
さらに行動目標の達成状況を定期的に評価しフィードバックすれば、従業員の安全に対する意識をさらに高められます。
KYTで行動目標を設定し忠実に達成していくことが安全な行動の習慣化につながるので、KYTを行った際は最終的なゴールである行動目標を必ず設定しましょう。
KYTを実施する際は、「4R法」に沿って進めていくことが効果的です。4R法とは次の4つのステップに沿って危険箇所の確認を行うことで、継続的に危険予知能力を向上させていく方法です。
ステップ |
項目 |
やること |
1ラウンド |
現状把握 |
危険が潜む箇所の指摘 |
2ラウンド |
本質研究 |
危険の中でも最も重要な点を挙げる |
3ラウンド |
対策樹立 |
危険に対する対策を出し合う |
4ラウンド |
目標設定 |
合意した対策での行動目標の決定 |
ここからは4R法について、具体例を用いながら説明します。4R法に沿って継続的にKYTを実施することで従業員一人ひとりの安全意識が高まり、事故やトラブルの防止につながります。
KYTの第1ステップは「現状把握」です。まずは実際の作業現場の状況を把握するために、イラストや現場の写真を用意します。イラストや写真は作業の流れや環境をわかりやすく表現したものを選びましょう。
次に3〜6人程度の少人数のチームを組みます。チームメンバーは現場で働く従業員を中心に構成し、多様な視点からの意見が出やすいようにしましょう。
現状把握では用意したイラストや写真を見ながら、危険と思われることをとにかく出し合います。遠慮せずに思いついたことをどんどん発言してもらうためにも、アイデアを自由に出し合える雰囲気にすることが大切です。
意見の出し方は、口頭でおこなったものをホワイトボードにメモする、付箋に書き出して貼り出すなどチームの状況に合わせて選択しましょう。
口頭でおこなう場合は、書記役を決めて漏れなく記録することが重要です。出し合った意見はチームで共有します。その際には単に読み上げるだけでなく、なぜその箇所が危険だと感じたのかや、具体的にどのような事故やトラブルが起こりうるのかを説明し合うことでお互いの考えに対して理解を深められます。
現状把握で出し合った危険要因の中から、本当に重要な危険ポイントを見極めるのが「本質研究」のステップです。ここでは単に危険要因を列挙するだけでなく、なぜその要因が危険なのかを深く掘り下げていきます。
重要な危険ポイントを選ぶ際は多数決で決めるのではなく、その危険性の理由を具体的に説明しチームメンバーの納得を得ることが大切です。
事故が起こる可能性が高いことや、ケガの程度が重大になりうることなど具体的な理由を示すことで、危険ポイントの重要性を共有していきましょう。メンバーの中に疑問点や異なる意見を持つ人がいればきちんと説明し、理解を得たうえで話し合いを進めましょう。
本質研究では、意見が一致するまで話し合いを続けます。メンバー同士の意見が一致しない場合はさらに詳しく状況を確認したり、追加の情報を集めたりして再度議論をおこないます。全員が納得するまで話し合いを重ね、最も重要な危険ポイントを見極めていきましょう。
本質研究で明らかにした重要な危険ポイントに対して、どのような対策を講じればその危険を回避できるかを検討するのが「対策樹立」のステップです。
まずはチームメンバーそれぞれに対して、自分ならどうするかを考えて意見を出してもらいましょう。自分が現場で作業をしている立場になって、危険を回避するための具体的な行動を考えていきます。
対策を提案する際は、Iメッセージ(アイメッセージ)を活用すると効果的です。Iメッセージとは「私は〜と感じています」や「私は〜と考えています」など、自分の感情や考えを率直に伝える表現方法です。
相手を否定するのではなく自分の意見を伝えることで、建設的な議論を促すことができるといわれています。例えば「この作業は危険だと思います」ではなく、「私はこの作業には危険が潜んでいると感じています。〇〇のような対策を取れば安全に作業ができるのではないでしょうか」と提案することで相手も受け入れやすくなります。
出された対策案はチームで議論し、最も効果的で実現可能性の高いものを選びましょう。ここで決める対策案は、現実的でチームメンバー全員が納得できるものであることが重要です。
対策樹立で立てた対策を実際の行動に移すために、具体的な行動目標を設定するのが「目標設定」のステップです。行動目標は対策を実行するための具体的な行動指針となるものなので、チームメンバー全員が実践できるものでなければなりません。そのためには誰でもできることであり負担にならなく、覚えやすいことが重要です。
例えば「作業前に必ず安全確認をおこなう」という対策があった場合、行動目標は「作業前に指差し呼称で安全確認をおこない、『ヨシ!』と声に出す」というように具体的な行動を明確にします。指差し呼称とは、目で見て指で指して口で呼称することで、確実に行動をおこなうための方法です。
4R法で決定した行動目標は、チームメンバー全員に周知し徹底することが大切です。目標を共有し全員が一丸となって実践することで、危険の芽を早期に発見して未然に事故を防止することにつながります。
ここからは実際のイラストを使って、現場に潜む危険箇所の洗い出しをおこなっていきましょう。以下の状況のイラストを見て、どのような危険が潜んでいるか一緒に考えてみてください。
チームで意見を出し合い、できるだけ多くの危険要因を洗い出していきましょう。
ライン作業で部品の検品をおこなっている場合、作業者はベルトコンベアで流れてくる部品を目視で確認し、不良品を取り除く作業をします。このシーンでの危険要因は何か、一緒に考えてみましょう。
【回答例】
以上のように、一見シンプルな作業でもさまざまな危険要因が潜んでいます。これらの危険要因を事前に洗い出して適切な対策を立てることが、安全な作業環境の整備につながっていきます。上記のような危険に対しては、以下のような対策が考えられます。
【対策例】
ライン作業のような単純作業でもケガや身体的負担につながることもあるので、KYTをしっかりと実施して危険を回避していきましょう。
倉庫内で荷物を積んだカゴ台車を運んでいる場合、倉庫内には多くの荷物が積まれており、狭い通路を台車が行き交っています。このシーンでの危険要因は何か、一緒に考えてみましょう。
【回答例】
以上のように、カゴ台車を使った荷物の運搬作業では荷物自体の危険性に加えて、作業環境や作業方法に起因するさまざまな危険要因が存在します。上記のような危険に対しては、以下のような対策が考えられます。
【対策例】
荷物を運ぶような場面では荷物に注意するだけでなく、周囲の環境も含めてKYTをおこない危険を洗い出しましょう。
工場内で食品のカットや混合を機械でおこなっている場合、作業者は運んできた食材を機械に投入し、カットや混合の工程を管理しています。このシーンでの危険要因は何か、一緒に考えてみましょう。
【回答例】
以上のように、食品のカットや混合作業には機械の危険性だけでなく、食材自体のリスクや作業環境に関連するさまざまな危険要因が存在します。上記のような危険に対しては、以下のような対策が考えられます。
【対策例】
機械を使った作業の場合は、自身の巻き込まれや材料の飛散によるケガなど大きな事故につながりやすいので十分なKYTをおこなって作業に取り組みましょう。
本記事では、危険予知訓練(KYT)の目的や具体的な進め方について詳しく解説しました。KYTとは現場の作業者が主体となって潜在的な危険要因を見つけ出し、その対策を立てることで事故を未然に防ぐための手法です。KYTを実施するおもな目的には、以下の3つポイントがあります。
またKYTを効果的に進めるためには、4R法に沿って現状把握、本質追究、対策樹立、目標設定のステップを踏むことが重要です。
安全な職場づくりは経営者から現場の作業者まで全員で取り組むべき課題であり、KYTはその実現のための強力なツールとなります。自社の業種や職場の特性に合わせてKYTを導入して、事故のない安心・安全な職場環境の構築につなげていきましょう。