突然ですが、製造業やあらゆる分野で使われている「ヒヤリハット」という言葉をご存じでしょうか?
ヒヤリハットとは仕事中に、事故や災害には至らなかったもののヒヤッとするような事象のことです。ヒヤリハット自体は些細な出来事ではあるものの、放置することで以下のようなリスクに繋がると考えられています。
- 本人または周囲の人のケガ
- 製品の破損
- 設備の破損
- 作業効率の低下
- その他重大な事故
本人がちょっとしたミスと考えていても、ヒヤリハットが積み重なることで大きな事故やトラブルに繋がる可能性が高まるかもしれません。
この記事では、全国10,000箇所を超える現場DXを支援してきた「カミナシ」がヒヤリハットについて分かりやすく解説します。 ヒヤリハットの概要や具体的な事例をはじめ、ヒヤリハットが起こった時の対処や予防策についても紹介していきます。
「ヒヤリハットを減らして安全に作業を行いたい……」
「現場の安全意識を向上したいけど具体的にどんな対策が有効か分からない……」
そんな方はぜひ最後までご覧ください。
ヒヤリハットとは一体なんなのか?なぜ注意しなければならないのでしょうか?対策を考える前にまずはヒヤリハットについて基本的な定義や、放置するリスクについてご紹介します。
ヒヤリハットとは、読んで字のごとく「ヒヤリ」「ハッと」するような出来事を指す言葉です。厚生労働省では、ヒヤリハットは「危ないことが起こったが、幸い災害には至らなかった事象のこと」と定義されています。
たとえば、作業中に転倒しそうになる、お客様に間違った商品を配送しそうになる、などの事象が当てはまります。実際に経験した事がある方も多いでしょう。
そんなヒヤリハットが重大な事故や災害に繋がりうるという考えに「ハインリッヒの法則」というものがあります。
ハインリッヒの法則(Heinrich's law)とは、労働現場において発生する事故の比率を法則化したものです。米国の損害保険会社で安全技師だったHerbert William Heinrich氏が1929年に論文で発表し、日本でも労働現場における安全衛生をコントールするための考えとして現在に至るまで広く用いられてきました。
同じ人間が起こした330件の労働災害のうち1つの重大事故が発生する背景には29件の軽微な事故、さらにその背景には300件のヒヤリハット(異常)があるといった内容から、「1:29:300の法則」、「ハインリッヒの災害トライアングル定理」とも呼ばれています。
ハインリッヒの法則において重要なポイントは数字そのもではなく、「大きな事故発生の裏には軽微なトラブルやヒヤリハットが多く存在している」ということです。
そのため、日ごろからヒヤリハットが起こらないよう注意しながら作業したり、ヒヤリハットが起こった時に迅速に情報共有などを行い再発防止に務めましょう。
ヒヤリハットは製造業をはじめ、以下のあらゆる分野・業界で起こる可能性があります。
小売業 |
スーパー、コンビニ、ドラッグストア、服飾店、食品店など |
製造業 |
自動車業界、電子機器・半導体業界、科学・衣料品業界、食品業界など |
運送業 |
宅配便、荷受け、大型貨物の運送、バス・タクシー等旅客運送など |
倉庫業 |
普通倉庫業、鉱業、冷蔵倉庫業、水面倉庫業、危険品倉庫業など |
建設業 |
橋梁工事、道路工事、河川工事、ダム工事、土地区画整理工事など |
事務職 |
一般事務、営業事務、経理事務、人事事務、総務事務、貿易事務など |
医療業界 |
医師、看護師、医療事務、医療情報担当者、作業療法士、放射線技師など |
介護業界 |
介護職員、ケアマネージャー、生活相談員、管理者、管理栄養士など |
こちらでは、小売業、製造業、運送業の3つの分野で実際に起こったヒヤリハットの事例を見ていきましょう。
小売業では商品の陳列や仕入れ作業の時などにヒヤリハットが起こりやすいようです。重い段ボールを運搬する時に腰に負担がかかりそうになる、無理な姿勢で陳列していて転落や激突しそうになるといった事例が報告されています。
腰痛になりにくい段ボールの持ち方の指導、安全作業マニュアルの遵守などが対策として有効と考えられます。
スーパーやコンビニなど食品を扱う小売り店では調理時に、水や油で滑りそうになる、包丁やカッター、フライヤーなどの調理器具でケガをしそうになるといったヒヤリハットが起こりがちです。
定期的な床清掃、作業時のマニュアル遵守、十分な研修時間の確保など安全に作業するための対策を怠らないようにしましょう。
製造業では大型の機械や設備が数多く使用されます。それらの機械を使用する際に、停止せず詰まりを取ろうとして手足が巻き込まれそうになった、という事例もあります。
稼働中の機械に手を入れるのは大変危険な行為なので、どのような場面でも必ず停止ボタンを押すか電源を切って稼働していないことを確認してから詰まりの除去などを行いましょう。
作業台を清掃している最中にホースから出た水に滑って、踏み台や作業台から落ちそうになるといったケースもあります。
製造現場において衛生的な環境を保つのは大切ですが、清掃に使用するホースが踊ってバランスが崩れると大変危険です。水を出しすぎないようにするなど、水量をコントロールするための対策を取りましょう。
運送業のヒヤリハットとしてよくあるのが、トラックの荷台から転落しそうになることです。
テールゲートリフター(トラックの昇降機)が上がりきっていない状態で荷台で作業すると、荷台とテールゲートリフターとの間に段差ができるため、踏み外したりしてバランスを崩すことがあります。テールゲートリフターを使用する際は、最後まで上げきるか、位置をしっかりと確認してから作業を行いましょう。
荷台のウイングが開くタイプのトラックの場合は、荷台で作業している際に崩れた積み荷でケガをしそうになるといったヒヤリハットにも注意が必要です。
こうした事態が起こらないようにするためには、荷物が偏らないように積み上げ、必要があれば荷崩れ防止を行いましょう。
ヒヤリハットが発生する原因として、主に以下の3点が挙げられます。
- 情報共有、コミュニケーションの不足
- 設備・環境、ルールを徹底していない
- ヒューマンエラー(人的要因)によるもの
特に忙しい時や気が緩みがちな時はヒヤリハットが発生しやすいです。こちらでは、ヒヤリハットが発生する3つの原因について詳しく解説していきます。
ヒヤリハットが起こる原因として最初に挙げられるのが、「情報共有やコミュニケーションの不足」です。
たとえば、製造業で工程管理・ドキュメント管理・他工場への業務連絡などが不十分でコミュニケーションが足りず業務に必要な情報が共有されないと、業務の属人化、生産性の低下、チームビルディングの失敗などに繋がる可能性があります。
その結果として、正しい作業内容や注意点が共有されずにヒヤリハットが発生しやすい状態になると考えられるでしょう。
設備・環境・ルールの整備が徹底されていない場合、ヒヤリハットが起きる可能性が高くなります。具体的なよくある例をご紹介します。
【設備の不徹底の例】
【環境の不徹底の例】
【ルールの不徹底の例】
環境面や情報共有のシステムには問題がないのに、ヒヤリハットが起きる場合ヒューマンエラー(人的要因)が原因かもしれません。
ヒューマンエラーが発生する状況としては、意図しない行動によるもの、意図した行動によるものの2パターンに分けられます。
【意図しない行動によるもの】
【意図した行動によるもの】
ヒューマンエラーは必ずしも本人の怠慢だけが原因ではなく、その時の状況によって誰にでも起こりうることを認知しておく必要があります。
ヒヤリハットはトラブルや大きな事故に繋がりうるため、小さい事でも報告し、再発を防ぐための対策を取るよう日ごろから心がけましょう。
勤務歴や経験に関係なくヒヤリハットは起こるものなので現場や社内全体で、以下のような安全管理に取り組むことが大切です。
- 報告の習慣化
- KYT(危険予知トレーニング)の実行
- 職場環境の整備
ヒヤリハットが起こった際、そのままにせず報告するよう義務付けましょう。
ヒヤリハットの報告事例を集めることは、作業者の意識向上にも繋がりますし、環境や作業手順の問題点が明確になるため改善のための対策立案も可能です。
ヒヤリハット報告書の項目は、5W1H(いつ・どこで・誰が・何をしたら・どうなった)が分かるようにテンプレートを作成すると、事例が集まった時に分析しやすくなります。
ヒヤリハットを起こした当事者の情報 |
氏名・部署・担当箇所など |
ヒヤリハットが起こった状況 |
発生した日時・場所・当時の状況についての詳細 |
ヒヤリハットが発生した時の作業 |
発生当時にどんな作業をしていたか |
その事象から想定される事故 |
その事象がどんな事故に繋がる可能性があるか |
ヒヤリハットが発生した原因 |
なぜその事象が起こったか |
再発防止策 |
同じ事が起こらないようにすべきこと |
詳細な項目は会社や現場によって異なりますが、最低でもヒヤリハットの内容と担当の作業、再発防止策は記入するようにしましょう。
報告書の記載・提出のハードルが上がらないよう、ヒヤリハットが発生した時にすぐ報告できるようなシステムを作るのも大切です。
たとえば、以下の3点などが報告を習慣づけるために有効な対策として挙げられます。
- 報告書(場所や作業など)の一部を選択式にして記入箇所を減らす
- アプリなどを使って簡単に提出、確認できるようにする
- 採用した再発防止策を提案した人には報奨金やプレゼントなどを支給する
ヒヤリハットや小さなミス程度であればと見逃してしまう事もあるかもしれませんが、大事故を未然に防ぐためにも報告書の提出・分析を定着させましょう。
KYT(危険予知訓練)とは、職場の中にある危険要因とそれによって起こる現象(ヒヤリハットや事故など)を発見し解決する能力を高めるためのトレーニングです。
KYT(危険予知訓練)はもともとは住友金属工業で開発されました。その後中央労働災害防止協会が問題解決4ラウンド法と結びつけ、旧国鉄で用いられてきた安全確認手法である指差し呼称を組み合わせた「KYT4ラウンド法」がスタンダードです。
作業や現場の状況を表したイラストシートを使って、そのシチュエーションにどのような危険があるのかをディスカッションします。また、実際に現場で作業フローを行いながらグループで話し合ったり、対策を考えたりすることもあります。KYT4ラウンド法の手順を表でまとめました。
1R |
どんな危険がひそんでいるか |
イラストシートを見てどのような危険があるのか、どんな現象が起こりうるのかをチームで出し合い共有する。 |
2R |
危険のポイント |
発見した危険のうち、重要なものに〇印をつけ、チームの合意で絞り込んだものに◎とアンダーラインをつけ「危険のポイント」とする。チームで指差し唱和をし確認する |
3R |
あなたならどうする |
2Rで◎をつけたポイントを解決するための改善策を出し合う |
4R |
私たちはこうする |
3Rで出た対策をチームの合意で絞り込む。※印をつけ「重点実施項目」とし、実践するための「チーム行動目標」を設定、指差し唱和で確認する。 |
参考:職場のあんぜんサイト:危険予知訓練(KYT)[安全衛生キーワード]
安全運動は厳しく暗い雰囲気になりがちですが、KYTはポジティブかつ自発的に話し合いができるため、チームビルディングにも役立ちます。
ヒヤリハットの報告やKYT(危険予知訓練)で得たデータを活用し、職場環境の整備を行いましょう。
具体的な改善例としては、以下のような内容が挙げられます。
1.整理整頓
作業現場や倉庫、バックルームを整理整頓し、配置や動線を見直す。
十分な通行路や作業スペースを確保し、必要な設備・機械を設置する。
2.安全設備
避難経路の確保、避難時の案内表示の設置、消火器、火災報知器など必要な安全設備を設置する。
3.その他作業環境の改善に繋がる対策
照明、室温、換気、騒音など作業環境に関わる要素の見直し。
職場環境を整備することで、起こりうるヒヤリハットを未然に防ぐことができます。重大な事故が起こる前に上記の改善例を参考にしながら対策を打ちましょう。
ヒヤリハットは対策を早めににしないと事故や重大なトラブルに繋がりかねません。
ささいな事と軽視せず、日ごろからひとりひとりが「ヒヤリハットは放置してはいけない」という意識を持つ必要があります。
また、今回ご紹介したようにヒヤリハットは業界や経験の如何に関わらず、日々発生しうるものなので、報告・分析システムの構築やKYTを定期的に実施して安全意識向上に活かしましょう。