官能検査は、製品の外観や味・香り・感触・音などについて人が五感を用いて判断・評価する検査手法です。機械を用いる検査では難しい評価ができることから、品質管理や製品開発、マーケティングなどに活用されています。
本記事では、官能検査の概要と種類・試験手法、メリット、精度や信頼性を上げる方法、実施の際の注意点などを解説します。官能検査を効果的に利用するために、検査精度や信頼性を上げる方法も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
官能検査(官能試験)とは、人間が五感(視覚・嗅覚・味覚・触覚・聴覚)で判断する検査方法で、製品検査の基本的な方法です。感覚を用いて判断基準と照合して評価を行います。
官能検査は、機械検査や理化学検査では評価できない、顧客がどう感じるかという観点で評価できる検査方法です。近年では、官能評価や官能評価分析と呼ばれることも多くなっています。
官能検査の目的には、品質管理や製品開発・改善、マーケティング調査などが挙げられます。
品質管理では、判断基準と比較して、対象製品の品質に異常や問題がないかを確認します。特に味や香りなど複数の要素が絡む製品の品質管理は、人間の感覚による判断に強みがあります。検品時の目視確認も官能検査のひとつです。
製品開発では、従来品や競合製品との比較、試作品の評価などに用います。得られた評価・データをもとに、改良・改善を重ねてより良い製品づくりを目指します。
また、開発工程では、需要を測るためのマーケティング調査が欠かせません。そのため、消費者テストの形で、広く一般の方を対象として官能検査を実施することもあります。評価結果を参考に、製品や市場の需要判断を行います。
官能検査というと飲食品や化粧品などを連想しがちですが、その他にも、服飾(フィット感や動きやすさなど)や自動車(振動や操作感・乗り心地など)のように、幅広い分野の製品評価に利用されています。
官能検査は、検査の目的により、大きく以下の2つに大別されます。
それぞれの特徴や違い、主な利用目的を解説します。
分析型官能検査は、検査対象の性質や品質の識別を目的とした客観的な検査です。主に評価基準との差異を判断して、製品の善し悪しを判断するので、受け容れ検査や出荷時検査、などに用いられます。
正確に判断するには高い識別能力が求められるため、検査は訓練された少数の検査員(パネル)で行います。
嗜好型官能検査は、検査対象について、主に消費者行動の調査を目的とした人の感情や好みを測定する検査です。嗜好型官能検査では、分析型検査よりも多くの検査員から評価を集めるのが特徴的です。
検査員に求められるのは主観的評価であるため、分析型と異なり、検査員の識別能力は大きく問われません。
嗜好型官能検査では、検査目的に応じて検査員を選定します。一般消費者の嗜好に近い結果を得るには、消費者の代表に近い属性の検査員を準備する必要があります。明確な製品ターゲットがある場合には、そのターゲットの属性に合った検査員を選定しましょう。
官能検査にはさまざまな試験手法があります。その中から、利用頻度の高い、以下の試験手法について解説します。
検査の目的に合った手法を選ぶために、それぞれの特徴を理解しておきましょう。
二点識別法とは、2つのサンプルを用意し、指定した特性について差異や優位性などを検査員に判断させる試験方法です。
例えば、食品の分析型検査では、二点識別法を用いて2つのサンプルのうち「辛い」という特性が強いのはどちらであるか、2つのサンプルの味に差があるのかなどを調べます。
サンプル2点の比較のため検査員の感覚疲労が少なく、負担をかけずに試験を実施可能ですが、有意性を確保するには検査員の数が必要になることがあります。
三点識別法は、同じサンプル2つと異なる1つの3つを比較し、差異や優位性のある1つのサンプルを識別する方法です。
比較するサンプルが増えるため、二点識別法よりもサンプル間の差異に集中しやすい、偶然の正解を減らせるなどのメリットがあります。そのため、少ない検査員でも高い精度が期待できますが、検査員の感覚疲労は多くなります。
三点識別法は、サンプル間の細かな差異が識別できるのかを調べるのに適している試験方法です。食品を例にすると、風味の違いや製品改良後の差異が明確に感じられるかを検査員の正解率の高低から判断できます。
QDA法(Quantitative Descriptive Analysis:定量的記述分析法)は、検査対象の特徴を具体的な言葉や単語などを検査員が挙げ、記述(言葉出し)された特徴を数値化して評価する方法です。
官能検査のさまざまな手法の中でも、QDA法は特徴を網羅的に記述するステップを取るため、他の手法より多くの特性が得られます。官能検査の中でも、味や食感、においなど多角的な観点が必要な飲食品の分析型官能評価に用いられることが多いです。
二点嗜好法は、評価基準を設定しない2つのサンプルを用意し、どちらのサンプルが好ましいか、検査員が判断する試験方法です。識別能力を求めるのではなく嗜好を問うシンプルな試験方法のため、多数の消費者を対象とした嗜好型官能検査に用いられることが多いです。
一対比較試験法は、すべてのサンプルを用いて1対1のペアを作り、それぞれの比較を繰り返すことにより、サンプルの優劣を判断する方法です。
1度の検査は1対1のため、まとめて複数のサンプルを対象に評価を行う検査方法よりも感覚疲労が少なく、評価の矛盾が起こりにくいことが特徴です。そのうえ、1つのサンプルに対して検査を繰り返すことになるため、精度向上も期待できます。
一対比較試験法は、多数のサンプル間で細かな差異を評価できるため、美味しさやデザイン性など、類似度が高いものや多面的な要素のあるものの中から最も優れたものの選定が可能です。新商品の開発などに活用されています。
官能検査のメリットは、機械を用いた検査よりも高精度な検査が行えることです。その理由は、機械では不可能な判断ができることや人の感覚を評価できることなどにあります。官能検査のメリットとその活用方法を紹介します。
数値で測ることのできない人の感覚や複数の評価要素が関与する製品は、機械検査よりも官能検査のほうが高度な判断ができることもあります。
飲食品や人が使用する製造物については、味覚や使用時の快適性の評価は不可欠です。しかし、これらは、測定数値のみで評価できるものではないうえ、個人によって感覚が異なります。
例えば、食品の美味しさを評価するには、甘味や塩味といった測定数値のみでは判断が難しく、感覚を客観的に評価できる官能検査が活用されています。
官能検査は、数値だけでは分かりづらい、嗜好を含めた消費者の視点での感じ方を評価できます。
例えば、塩味について検査する場合、機械測定した塩分濃度は低いにも関わらず、実際に口にすると塩辛く感じられるケースもあります。塩味を感じるには、塩分以外にも複合的な要素があるためです。このような機械検査の数値と人の感覚が一致しない要素を評価するには、実際に人の五感によって判断する官能検査が必要になります。
また、人の感覚による検査は、顧客目線に立った検査が可能です。顧客は最終的に感覚で製品を選ぶことが多いため、製品開発やマーケティングにおいて、官能検査による消費者調査が重要な意味をなします。
官能検査は、万能な検査ではありません。人の感覚を利用しているため、以下のような制約もあります。
官能検査は、人の感覚を評価基準に用いますが、検査員の判定スキルや感覚には個人差があります。そのため、評価の精度にバラつきが生じやすいことに注意しましょう。
また、評価時の環境や体調などの影響を受けやすいため、同一の検査員であっても、毎回同じ精度で判断できるとは限りません。検査数が多くなると、疲労によって識別精度が下がることもあります。
官能検査は人間の感覚をもとにしているため、評価基準の設定が難しいことにも注意が必要です。
例えば、甘さを客観的に判断するには、糖度の数値を利用する方法があります。しかし、官能検査においては、どこからを甘いと判断するのか、明確な数値基準はありません。個人の感覚で評価するため、検査員の間で差も生じます。
官能検査は、人の感覚を頼りにしているため、万能な検査ではありません。化学的特性などは、官能検査による正確な評価は不可能です。
例えば、食品の検査において、味や食感、香りなどは官能検査で評価できます。しかし、安全性の管理に必要な、微生物数などの評価はできません。目的に応じた検査を併用する必要があります。
官能検査は、明確な基準の設定と測定が可能な機械検査や理化学検査に比べると、評価が曖昧になりやすい特性があります。官能検査の精度や信頼性を上げるためには、以下のような取り組みが必要です。
それぞれ、具体的な方法や実施のポイントを解説します。
検査は、目的によって適する検査の種類や試験方法は異なります。官能検査の中にも分析型と嗜好型があります。また、手法にも比較法や記述法などさまざまな分析手法があるため、検査の目的や製品の特性も考慮しながら、適切な検査を選ぶ必要があります。
例えば、市場の需要を知りたい場合に分析型の官能検査を行っても、製品の特性が明らかになるだけで、それが消費者の嗜好に合うのかまでは評価できません。
官能検査は人間の感覚を用いる検査のため、評価の際に周辺環境の影響を受けやすくなります。そのため、温度や照度、騒音など周囲の環境に配慮することが必要です。
例えば目視検査の場合には、検査を行う場所の照明の色あいや明るさを調整する必要があるでしょう。
また、検査員の心理状態も、評価に影響します。例えば、サンプルにつけた記号や番号による優劣のイメージ、サンプルの提示順序や提示位置の影響、サンプルに対して検査員が持っている先入観などです。
これらの心理的影響を抑えるには、サンプルの識別に乱数を用いることや、サンプルをランダムに提示すること、検査員に対してサンプルの情報を与えないなどの対処が有効です。
検査は同一の条件で実施しなければ、正常な評価をつけられません。しかし、人の感覚を利用する官能検査は、検査員間の識別能力や感覚の個人差によって、検査結果にバラつきが生じます。そのため、検査の精度を上げるには、検査基準や方法の標準化が重要です。
個人の識別能力には差があるため、適正な判断ができるようトレーニングの実施が有効です。また、製造現場での品質管理を目的とした官能検査には、合格基準を最低限満たした限度見本を活用することで、検査員に合格の判断基準を明確に共有できます。
評価をスムーズに行えるよう、評価項目や評価方法について検査員が一目で理解できる、わかりやすい評価シートを作成するのも有効です。
なお、同一検査員でも疲労や体調により識別精度が下がることがあります。検査員の疲労を防ぐためには、連続検査数に上限を設けましょう。
官能検査の結果は、多種多様になるので信頼性があるとは限りません。評価から特性を導き出すためには、統計的手法を用いて結果の有意性を判断する必要があります。
官能検査に用いられることが多い統計的手法には、二項検定やカイ二乗(χ2)検定、t検定などが挙げられます。複数要因に関連づけて分析を行う場合には、回帰分析や判別分析、主成分分析などの多変量解析が有効です。
統計的手法 |
概要 |
二項検定 |
2つのデータ比率の偏りを基準と比較して、有意性を判断する検定方法 |
カイ二乗(χ2)検定 |
カテゴリカルデータについて、差の有意性を検定する方法 |
t検定 |
データの平均値の差に有意性があるかを判断する検定方法 |
回帰分析 |
データから傾向を数値化し、直線を引くことにより可視化する分析方法 |
判別分析 |
データ分布から分類の基準を導き出し、未知のデータの分類を判別する分析手法 |
主成分分析 |
多くの変数を持つデータの変数を減らして、要約する分析手法 |
官能検査の結果から特性を導き出すための統計的手法と詳細
分析型の官能検査の場合は、検査員に専門知識や識別能力が求められます。
判断の精度を上げるためには、評価訓練や、評価の基準・根拠を共有するなどの教育を行いましょう。すでに身につけた識別能力を維持・向上させるためには、定期的な評価訓練が必要です。なお、検査員の育成や教育が自社で難しい場合には、検査を外部の専門機関に依頼する方法もあります。
官能検査は、機械での検査では難しい人間の感覚を用いた評価ができるため、品質管理のほか、新製品の開発やマーケティングなど、広く活用されています。
検査精度を高めるには、目的に合った検査方法を選び、検査環境を整えることが大切です。また、検査から得られたデータは、統計解析により有意性を判定することも必要になります。
官能検査は、外観や味・香り・感触・音などを人の手によって判断・評価するため、消費者の感覚に近い状態を把握できる検査方法です。適切に活用し、品質向上や需要創出につなげていきましょう。