食品のトレーサビリティとは?その意味や事例をわかりやすく解説

商品の信頼性を高めるものとして有効なのが、トレーサビリティです。

 

トレーサビリティとは、商品に何らかの問題が発生した場合に、回収と原因を究明するための仕組みです。近年では消費者の安全意識の高まりやデジタル技術の発展により、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティの導入なども進んでいるのはご存知でしょうか。

本記事では、トレーサビリティの意味や注目されるようになった背景を、具体的な事例を交えながら解説するほか、最新の取り組みなども紹介します。

 

食品業界におけるトレーサビリティとは

トレーサビリティ(Traceability)とは「製品の入荷先、加工のプロセス、出荷先」を把握するため、生産のプロセスにおいて製品の移動を追跡できる状態のことです。

業界によって多少言葉は異なりますが、国際食品規格委員会(コーデックス委員会)では、「生産、加工及び流通の特定の1つ又は複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること」と定義しています。

食品や自動車、医薬品などは複数の企業をまたがって、消費者のもとに届くのが一般的です。トレーサビリティを確保していれば、製品に問題が発生した場合でも販売された先を追跡でき、また、原因を探るために「どこから入荷されて、どうやって作られたか」をさかのぼって調べることができます。このように製品の移動を把握できる仕組みのことを、トレーサビリティシステムと呼びます。

トレーサビリティは影響範囲によって、2つの種類があります。それは、「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」です。

トレーサビリティとは

 チェーントレーサビリティとは

チェーントレーサビリティとは、加工、出荷、流通、販売といった複数の段階をまたがって製品の移動が把握できる状態のことです。一般的な商品は、生産・製造加工・流通・小売という段階を通して消費者のもとに届きます。

たとえばスーパーで販売されている鶏肉であれば、生産に当たるのは養鶏場、製造・加工に当たるのは食品製造会社、流通に当たるのは卸売や運送業者、そして小売に当たるのはスーパーです。このように複数の企業をまたがって商品が移動する場合に、「どこで作られたか」「どこに行ったか」が明らかになっている状態が、チェーントレーサビリティとなります。

内部トレーサビリティとは

一方で、一つの事業者においてのトレーサビリティを、内部トレーサビリティと言います。厚生労働省が出している『食品トレーサビリティシステム導入の手引き』では、内部トレーサビリティを「事業者内部における、受け入れた単位(または原料の単位)と販売した単位(または製品の単位)との間のトレーサビリティ」と定義しています。

簡単に言えば、入荷した原料と出荷した製品とを紐づけておくことです。具体的な例として、レトルトカレーを製造する食品メーカーを取り上げてみましょう。原料としてニンジンやジャガイモ、スパイスなどを仕入れ、それらを混合させたものがルーになります。そして包装・殺菌・梱包といった工程を経て製品として出荷されます。

この例における内部トレーサビリティとは、原料として使ったニンジンやジャガイモなどのロットと、出荷ロットとをそれぞれ記録して対応させることです。内部トレーサビリティを確保することで、「いつ仕入れたものが、どの加工工程を経て製品になり、どこへ出荷されたか」が分かるようになります。

なぜ、トレーサビリティが必要なのか

なぜ事業者はトレーサビリティを導入しなければならないのでしょうか。

 

トレーサビリティの重要さは、トレーサビリティが確保できている場合といない場合とを比較してみるとよくわかります。一例として食品を製造している企業が、消費者から「商品にゴムのようなものが混入していた」とクレームを受けたケースを想定してみましょう。

トレーサビリティがある場合

消費者から当該商品を送ってもらうと、混入していたものは黒いゴム素材だったことが判明。その商品のロット番号から製造時の記録書をたどると、使われた製造ラインが分かります。製造ラインをくまなくチェックすると、黒いゴムパーツの一部が欠けていたことが判明したため、その企業は当該商品と同じロットのものを回収することを出荷先に連絡できます。

このような追跡と遡及ができたのは、日々の記録をしっかりと取ってトレーサビリティを確保していたからに他なりません。トレーサビリティにより被害を最小限に留めることができ、企業としての信頼も大きく損なうことはないのです。

トレーサビリティがない場合

黒いゴム素材だったことが判明するまではトレーサビリティがある場合と同じです。しかし、そこから先は違います。トレーサビリティがない場合だと、その商品が「いつ、どの製造ラインで作られたのか」が分かりません。そのため、クレームの原因が自社にあるのかすら判別できず、対応が遅れてしまいます。

さらに、その商品と同じロットがどこへ出荷されたかも分からないため、回収したくとも回収ができないことになるのです。

問題が起こった際に行うトレースバックとトレースフォワード

実際に問題が起こった際にはどのように対処すればいいのでしょうか。その手法が「トレースフォワード」と「トレースバック」です。

トレースフォワードとは

トレースフォワードとは、生産者側から消費者側というように、川下方向に製品の移動を追跡することを言います。トレースフォワードが行われるのは、製品の回収などのように、その製品がどのような流通ルートをたどったかを調べるときです。たとえば、食品に異物が混入したことが判明した場合、当該商品のロットから出荷先を特定することがトレースフォワードです。

トレースバックとは

トレースバックとは、消費者側から生産者側というように、川上方向に製品の移動を遡及することを言います。トレースバックは原因を調査する際に有効な手法です。食品に混入した異物がゴム片だと分かった場合、製造ラインを特定してゴム片が混入した形跡がないかどうかを調べ、混入の恐れがないなら原料の入荷先に問い合わせするというように、原因究明時にトレースバックが使われます。

食品業界で制定されているトレーサビリティ

食品業界では、政府によって制定されているトレーサビリティ法が2つあります。制定された理由は、実際に起きた食品事故が要因でもあります。トレーサビリティ法が制定された理由を、食品業界で起った事件から紐解いていきましょう。

牛トレーサビリティ法

食品業界でのトレーサビリティは、2001年にBSE(牛海綿状脳症)が日本で初めて確認されたことをきっかけに大きく発展することになります。自動車業界では古くからトレーサビリティが確保されていましたが、食品業界までには浸透していませんでした。食品がどこから入荷され、どこへ出荷されたのかを追跡できる体制が整っていなかったわけです。

しかし、BSEが社会的な問題になったことを受けて、牛を個体識別番号で管理する「牛トレーサビリティ法」が制定されました。この法律はBSE蔓延防止のためのものであり、流通過程において個体識別番号が伝達されるため、問題が発生した場合に牛や牛肉の追跡が可能となっています。

米トレーサビリティ法

2008年、農林水産省から工業用として売却された事故米を、米穀業者A社が不正に転売していたことが発覚しました。調査を進めていくと、他の3社も同じく不正転売していたことが判明します。

「事故米の転売先が一部提供されない」「事故米由来の原材料のロットが、どの加工食品に使われたかわからず追跡できない」などの理由により、流通ルートの全容解明には至りませんでした。

この事件を踏まえて、米や加工品に何か問題が発生した際に、速やかに流通ルートを特定できるように「米トレーサビリティ法」を制定されました。現在では、生産、加工、流通の各プロセスにおいて取引の記録を作成・保存すること、産地情報を取引先や消費者に伝達することを業者に義務付けています。

トレーサビリティとHACCPの違い

トレーサビリティと併せて語られるものに、HACCPがあります。HACCPとはHazard Analysis and Critical Control Pointの頭文字をとったもので、衛生管理の手法です。ここではトレーサビリティとHACCPの違いについて解説します。

 

  トレーサビリティ HACCP
目的 プロセス追跡が目的 食品事故防止が目的
記録対象 食品の移動を記録 製造時の温度などを記録
事故後 事故後の全体把握できる 事故後の詳細把握ができる

過程追跡と未然防止

1つ目の違いは、トレーサビリティは「食品製造のプロセスを追跡できる」のに対してHACCPは「食品事故を未然に防ぐ」ものであることです。

HACCPによる衛生管理では、原料の受入から製造、出荷までのプロセスにおいて食中毒や異物混入などの要因となる危害要因を分析。それを除去・低減するために徹底的に管理し、食品の事故を未然に防ぐことが目的になります。

一方のトレーサビリティは先述のとおり、原料の受入から製造、出荷までのプロセスにおいて食品の移動を追跡・遡及できるもの。したがって、トレーサビリティは食品の事故を防ぐ機能は持っていないことになります。

食品の安全性確保

トレーサビリティはあくまでも食品の移動を把握するものであり、「食の安全」を確保するものではありません。消費者に情報を開示することで安心感を与えることはできますが、食品の安全性も確保するには、HACCPによる衛生管理も取り入れる必要があります。

ただし、HACCPだけで原因の究明をするのは難しい面があり、トレーサビリティを導入してはじめて十分な原因究明が可能です。トレーサビリティもHACCPもお互いを補完するものと言えます。

流通後の追跡や入荷先の特定

原料・製品・出荷品をそれぞれ紐づけるトレーサビリティでは、出荷後の追跡や入荷先の特定が可能となります。そのため、製造記録にそれぞれのロットや識別番号を記載するのがトレーサビリティです。

一方のHACCPにおける製造記録は、原料の検査状況や製造時の温度や時間などであり、HACCPだと流通後の追跡や入荷先の特定はできません。

 

トレーサビリティ向上を実現させる代表的な取り組み

ここまでトレーサビリティの概要について見てきましたが、ここからはトレーサビリティを向上させる取り組みについて代表的なものを取り上げます。

ロット番号管理

トレーサビリティの基本となるものがロット管理です。ロットとは、ほぼ同一の条件下において作られた原料・中間品・製品のまとまりのこと。製品の回収や原因究明はこのロットをベースとして行われます。

ロット管理で大切なのが、「識別のルール」と「紐づけ」です。ロット番号は安全を確保するためにラインごとや日単位など、なるべく同じ条件下で生産されたものに付けるようルール化し、識別できるようにします。そして、原料ロット・中間品ロット・出荷ロットとをそれぞれ紐づけることで、工程間の内部トレーサビリティを確保できます。

ブロックチェーン

近年、食品のトレーサビリティを確保するために利用されているのがブロックチェーンです。ブロックチェーンとは情報を記録するデータベースであり、従来のデータベースと違い管理者を必要とせず、複数のシステムが個別にデータを保存・同期させる分散型の仕組みになります。

ブロックチェーンを活用して食品の原材料の生産地や流通経路、消費期限などサプライチェーン上の情報を記録する仕組みの構築に取り組んでいる企業が現れています。

たとえば、コンビニ大手のローソンは、上海のローソンで販売されるおにぎりにはQRコードを添付。消費者がそれを読み取るとブロックチェーン上に記録された日本の生産地の魅力や、トレーサビリティの仕組みを確認できます。

 

ブロックチェーンを活用できれば、サプライチェーン全体の情報を各事業者が容易にアクセスできるほか、データの改ざんも難しくなるため食品偽装なども防ぐ効果があると期待されています。

ペーパーレス化

トレーサビリティシステムにはさまざまなデジタル技術が使われていますが、その中でも代表的なものがペーパーレス化です。

トレーサビリティを導入・運用するには、帳票の管理が重要となります。しかし、日々の帳票管理を紙で行うのはなかなか大変なもの。たとえば現場は、原料のロットや製造ラインの番号、製造開始の時間と終了時間など、多くの項目を記載しなければなりません。

一方の管理者も、現場から上がってくるそれらの記録書に記載漏れがないかを、毎日一つ一つチェックします。もし記載漏れがあればトレーサビリティを確保できないため、神経を使う部分でしょう。

そのような背景から、紙の帳票をタブレット端末などでペーパーレス化することが注目されています。総合食品メーカーのオイシスは、帳票を電子化し、月間約100時間の業務時間削減を実現しています。

 

デジタルで帳票管理をすれば、抜け漏れは自動でチェックが可能。万が一、製品にクレームが発生した場合にも、必要な情報をすぐに検索できるため、素早い問題解決が可能となります。

まとめ

サプライチェーンを通じて製品の移動を追跡・遡及できるトレーサビリティは、問題が発生したときの速やかな対処と、消費者からの信頼確保のために欠かせない仕組みです。

自動車業界では、もとからリコール制度としてトレーサビリティが確保されていましたが、近年の食品偽装の事件をきっかけにトレーサビリティの重要性が社会的に求められるようになりました。

トレーサビリティを確保するためには導入費用などがかかりますが、何かトラブルが起きたときの人々の健康への影響や取引先からの要請などを考えると、導入するメリットは大きいでしょう。

 

 

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