食品製造業におけるトレーサビリティとは?メリットやシステム活用事例を紹介

食品の安全性と信頼性が今まで以上に重視される時代になり、食品トレーサビリティという言葉をよく耳にするようになりました。しかし、その具体的な意味や重要性について、十分に理解している方は意外と少ないと思います。

 

食品トレーサビリティとは、食品の生産から販売までの過程を追跡・遡及できる仕組みのことです。万が一の問題発生時に迅速な対応が可能になるだけでなく、消費者の信頼獲得にもつながります。記録の抜け漏れや改ざんの可能性や外部企業との連携などの課題はありますが、正しいステップで記録、管理することでトレーサビリティの管理は可能です。

 

本記事では、食品業界で働く皆様に向けて食品トレーサビリティの基本から導入のポイント、実践的な運用方法まで、わかりやすく解説します。

食品製造業におけるトレーサビリティとは?

食品トレーサビリティとは、原材料の生産から受け入れ、加工、出荷、流通に至るまでの各段階で、食品の移動状態を正確に把握できる仕組みのことです。国際的な食品規格を策定するコーデックス委員会では、以下のように定義しています。

 

the ability to follow the movement of a food through specified stage(s) of production, processing and distribution

生産、加工および流通の特定の一つまたは複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること

引用元:FAO/WHO Pre-CCASIA Workshop on“Food recall/traceability within the risk analysis framework -Prevention of food safety emergencies”|World Health Organization

 

トレーサビリティには、トレースフォワードとトレースバックという2つの概念があります。トレースフォワードは、原材料から最終製品に至るまでの追跡を指し、製品の流通経路を把握できます。一方でトレースバックは、最終製品から原材料まで遡る追跡を指し、問題発生時の原因特定に寄与します。

 

食品のトレーサビリティでは、主に以下の情報を記録します。

  • いつ
  • どこから/どこへ
  • 何を
  • どれだけの量を入荷、出荷・納品したか

 

加えて、原材料の受け入れから加工、出荷・納品までの工程では、原材料とそれらを使用して製造した製品の対応関係を明確にする記録も求められます。以下は、記録の簡単な例です

 

日付

品目

数量

仕入れ先/納品先

ロット番号

9/1

りんご

100kg

A農園

L2024901

9/2

りんごジュース

200本

Bスーパー

P2024902

 

このような記録を適切に管理することで、万が一問題が発生してしまった際の対処が早まったり、課題を見つける際の参考になったりするなど、食品の安全性向上と消費者の信頼獲得につながります。

食品トレーサビリティの目的

食品トレーサビリティの主な目的は、万が一食品事故が起こった際に、問題のある原材料や製品の特定と回収を早急にできるようにするためです。問題のある原材料や製品を素早く特定して回収することで、消費者の被害拡大と対応コストを最小限に抑えられます。

 

もし原因究明や製品の特定ができない場合、すべての製品を回収・交換する必要が生じ、莫大な金銭的負担や社会的信用の失墜につながりかねません。もちろん、食品事故を起こさないことが最優先ですが、万が一の事態に備えて食品トレーサビリティに取り組むことは、リスク管理の観点から非常に重要です。

 

さらに、複数の企業が製品製造に関わる場合、適切な記録管理は自社の責任範囲を明確にする証拠にもなります。これにより、問題発生時に自社の潔白を証明し、不必要な責任を負うリスクを軽減できます。

食品トレーサビリティに関連する法律

食品トレーサビリティに関連する主な法律には、以下のものがあります。

 

  • 食品衛生法
  • 牛トレーサビリティ法
  • 米トレーサビリティ法

 

食品衛生法では、トレーサビリティという言葉は直接使用されていませんが、第一章第三条二項に努力義務として規定されています。

 

具体的には、食品等事業者は、販売食品等や原材料の販売者の名称など、必要な情報の記録作成と保存に努めなければならないとしています。この条文は食品衛生上の危害防止を目的としています。

 

食品等事業者は、販売食品等に起因する食品衛生上の危害の発生の防止に必要な限度において、当該食品等事業者に対して販売食品等又はその原材料の販売を行つた者の名称その他必要な情報に関する記録を作成し、これを保存するよう努めなければならない。

引用元:食品衛生法|e-GOV法令検索

 

 

牛トレーサビリティ法の正式名称は、牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法です。2001年のBSE(牛海綿状脳症)問題を背景に2003年に制定されました。この法律により、国内で飼養されるすべての牛に個体識別番号を付け、生産から流通・消費までの各段階で個体情報を記録・保管・伝達することが義務付けられています。

 

米トレーサビリティ法の正式名称は、米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律です。2008年の事故米穀の不正規流通問題を受けて2009年に制定されました。この法律は、米穀等の取引等に係る記録の作成・保存や、産地情報の伝達を義務付けています。これにより、米穀の流通ルートの透明化と、消費者への適切な情報提供が図られています。

 

食品トレーサビリティに関する法律は、食品の安全性確保と消費者の信頼向上を目的としており、食品業界全体でのトレーサビリティ強化の基盤となっています。

 

参考:牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法|e-GOV法令検索

参考:米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律|e-GOV法令検索

食品トレーサビリティにおける課題

食品トレーサビリティの重要性が認識される一方で、その実施にはさまざまな課題が存在します。農林水産省は「食品トレーサビリティは、記録の整理・保存に手間がかかることや、取組の必要性や具体的な取組内容がわからないなどの理由から、特に中小零細企業での取組率が低いのが現状です」と発表しています。

 

参考:トレーサビリティ関係 |農林水産省 

 

具体的な課題として、以下の2点が挙げられます。

 

  1. 記録の抜け漏れや改ざんの可能性がある
  2. 外部企業との連携が不可欠

 

上記の課題を克服し、効果的な食品トレーサビリティシステムを構築することが今後の食品業界の重要な課題となっています。

記録の抜け漏れや改ざんの可能性がある

食品トレーサビリティにおいて、記録の正確性と信頼性は極めて重要です。しかし、人手不足(労働力不足)によって、記録自体が行われなかったり、記録の管理方法がずさんで誰もが容易にアクセスできる状態になったりすると、改ざんのリスクが高まります。

 

この問題に対処するためには、定期的または抜き打ちの内部監査の実施やシステムの導入による記録の仕組み化、ITシステムの活用などが必要となります。適切に設計されたITシステムを導入することで、以下のような効果が期待できます。

 

  • 記録タイミングの自動通知機能
  • データの抜け漏れを即時に検知するアラームシステム
  • 記録の改ざんを防止する堅牢なセキュリティ機能

 

このような対策により、信頼性の高い食品トレーサビリティシステムの構築が可能となります。

外部企業との連携が不可欠

チェーントレーサビリティ(原材料の調達から製造、流通、販売までの全工程を通じて、製品情報を追跡・遡及できる仕組み)の実現には、外部企業との緊密な連携が不可欠です。しかし、この連携がトレーサビリティへの取り組みのハードルを大きく引き上げる要因となっています。

トレーサビリティとは

 

外部企業との連携が困難となる主な理由は、以下のようなものが挙げられます。

 

  • システムの互換性の問題
  • セキュリティとデータ保護の懸念
  • コストの増大
  • 運用ルールの標準化の難しさ
  • 責任範囲の明確化

 

各企業が独自のシステムを使用している場合、データの共有や統合が困難になったり、機密情報の共有に関するリスク管理が複雑になったりします。またシステム統合や新規システム導入にかかる費用も大きな負担となります。

 

実際に運用するとなると、各企業の業務プロセスや記録方法の違いを調整する必要があり、問題発生時の責任所在を明確にする必要があるでしょう。このような課題を克服して効果的なチェーントレーサビリティを実現するためには、業界全体での協力と標準化の取り組みが重要となります。

食品トレーサビリティを実践するために具体的に行うこと

食品トレーサビリティを効果的に実践するためには、農林水産省の「食品トレーサビリティ『実践的なマニュアル』総論」を参考にするのがおすすめです。具体的には、以下の3つのステップで記録・管理を行います。

 

  1. 入荷先・納品先の特定
  2. 食品の識別
  3. 識別した食品の対応づけ

 

各ステップを確実に実行することで、食品の安全性確保と迅速な問題対応が可能となります。ここからは、各ステップの詳細と実践的なポイントを解説していきます。

1.入荷先・納品先の特定

入荷先・納品先の特定は、食品トレーサビリティの基礎となる重要なステップです。この過程では、以下の項目を主要な記録項目として押さえる必要があります。

 

  • いつ(入荷日・納品日)
  • どこから(入荷先・納品先)
  • 何を(品名)
  • どれだけ(数量)

 

伝票、納品書、送り状、仕入れ台帳等がある場合には、上記の4項目のなかで欠けている項目を追加して記録します。伝票のようなものがない場合は、自社で台帳などの記録様式を新たに作り、記録するようにしましょう。

 

記録を行う際の重要なポイントは、入荷と納品、出荷の両方で同じ項目を漏れなく記録することです。また、電子データでの保存も可能であり、効率的な管理に役立ちます。

 

これらの記録を適切に管理することで、製品の流通経路を正確に把握でき、万が一問題が発生した際にも迅速な対応が可能となります。

2.食品の識別

食品の識別は、個々の製品や原材料を一意に特定するための重要なステップです。この過程で最も重要なのは、ロット番号の付与と管理です。

 

ロット番号とは、同一の製造条件で製造された製品群を識別するための番号です。例えば、「2024年9月2日に製造されてAスーパーに納品されたりんごジュース」を「L240902A」と表すとします。この番号により、同じ条件で作られた製品をグループ化し、追跡を可能にします。

 

日付

品目

数量

仕入れ先/納品先

ロット番号

9/2

りんごジュース

200本

Aスーパー

L240902A

 

例えば、L240902Aのりんごジュースを製造する際に使用したりんごのロット番号がP240901だった場合、日付や品目、数量、仕入先/納品先、ロット番号が対応するように記録します。これにより、製品から原材料へ、または原材料から製品への追跡が可能となります。

 

日付

品目

数量

仕入れ先/納品先

ロット番号

9/1

りんご

100個

P農園

L240901

9/2

りんごジュース

200本

Aスーパー

P240902A

3.識別した食品の対応づけ

識別した食品の対応づけは、原材料から最終製品までの一連の流れを追跡可能にする重要なステップです。この過程では、入荷した原材料と納品する製品の関係性を明確にします。具体的な対応づけの方法は以下の通りです。

 

まず、入荷した原材料のロット番号と入荷先を関連付けます。例えば、入荷先であるP農園のリンゴのロット番号をP240901にすることで、原材料のロット番号と入荷先の関係性を記録します。

 

日付

品目

数量

仕入れ先/納品先

ロット番号

9/1

りんご

200個

P農園

P240901

 

次に、入荷した原材料のロット番号と製造した製品のロット番号を関連付けます。例として、リンゴP240901とミカンQ240902を使ったミックスジュースの場合を考えると、ミックスジュースPQ240903のように原材料との関連性がわかるようなロット番号を付けると良いでしょう。

 

このステップは内部トレーサビリティにつながる部分なので、記録・追跡しやすいロット番号を考えることが自社製品の回収範囲や問題発生箇所の特定に役立ちます。



日付

品目

数量

仕入れ先/納品先

ロット番号

9/1

りんご

200個

P農園

L240901

9/2

みかん

200個

Q農園

Q240902

 9/3

 ミックスジュース

 200本

 未定

 PQ240903

 

最後に、製造ロット番号と納品先を関連付けます。ミックスジュースPQ240903をR商店とSスーパーに納品する場合には、製品PQ240903R、PQ240903Sのようにそれぞれロット番号を設定することで、一連の製造工程を把握することが可能です。製造ロット番号と納品先を対応づけすることで、問題発生時の回収先を迅速に特定できます。

 

日付

品目

数量

納品先

ロット番号

9/3

ミックスジュース

100本

R商店

PQ240903R

9/3

ミックスジュース

100本

Sスーパー

PQ240903S

 

この対応づけにより、ある製品に問題が発生した場合、使用された原材料を特定したり、逆に問題のある原材料がどの製品に使用されたかを追跡したりすることが可能になります。

最新技術を用いた食品トレーサビリティ

IT技術やIoTの発展により、食品トレーサビリティの分野でも革新的な取り組みが進んでおり、より正確で効率的な食品の追跡が可能となっています。

 

一例として、センサー技術とクラウドシステムを組み合わせた解決策があります。この方法では、生産現場や流通過程に設置されたセンサーが、温度や湿度などの環境データをリアルタイムで収集し、クラウド上のデータベースに送信します。これにより、食品の品質管理と追跡が同時に行えるようになります。

 

また、ブロックチェーン技術を応用したシステムも注目を集めています。ブロックチェーン技術を用いると、生産から消費までの各段階の情報を改ざん不可能な形で記録でき、高い信頼性を持つトレーサビリティが実現できます。

 

さらに、AI(人工知能)を活用したデータ分析システムも導入されつつあります。AIにより、大量のトレーサビリティデータから異常を検出したり、最適な在庫管理を行ったりすることが可能になります。

 

紙の帳票の電子化も重要な進展です。HACCPに沿った衛生管理で記録する項目と、食品トレーサビリティに必要なロット番号などを一元管理することで業務効率が大幅に向上し、人為的ミスの減少や、迅速な情報検索が可能となります。

食品トレーサビリティを可能にし、信用された企業になろう

食品トレーサビリティの主な利点は、食品安全性の向上、迅速な問題対応、そして透明性の確保です。このようなメリットにより、万が一の食品事故や品質問題が発生した際に、問題の原因を素早く特定し、影響範囲を最小限に抑えられます。また、生産から消費までの過程を明確に示すことで、消費者の信頼を高めることにもつながります。

 

実際、現代の消費者は食品の安全性と品質に対してより高い関心を持っています。そのため、食品トレーサビリティの実践は、顧客や消費者の信用、信頼を獲得するために必要不可欠な取り組みとなっています。トレーサビリティシステムを導入し、積極的に情報開示を行う企業は、消費者から高い評価を得ることができるでしょう。

 

そのためには、確実に記録が取れる仕組みと、何かあったときに早急にデータを確認できる状態を作り出すことが重要です。これには、従来の紙ベースの記録システムから、ITやIoTを活用した最新のシステムまで、さまざまな選択肢があります。企業の規模や取り扱う食品の特性に応じて最適なシステムを選択し、導入していくことが大切です。

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