製造業のトレーサビリティはどのように行う?必要な管理方法やIT化の事例を解説
2024.02.19
2024.07.01更新
食中毒や、リコール対象となる自動車など、世の中に不良品が出荷されてしまう事例は残念ながら後を絶ちません。企業は当然のことながら品質に万全を期して出荷しますが、製造時ほんのわずかな気のゆるみや、流通過程での想定外の出来事、製品使用時の環境など様々な要因で「不良品」は発生してしまいます。
そんな際に、いち早く、不良品が生じた原因を特定し、対策を講じるのに必要な仕組みがトレーサビリティーです。本記事ではトレーサビリティーの意味するところから、製造業における必要性、導入にあたっての注意点などを解説します。
トレーサビリティとは?
トレーサビリティー(traceability)とは直訳すれば追跡可能性という言葉になります。ある製品の生産や流通の履歴が追跡可能である、ということがその意味するところです。この履歴を追跡することで、不具合が生じた過程を迅速に特定することができ、早急な対策を打つことが可能となります。
製造業で近年トレーサビリティが求められている背景
製品に不具合が発生した場合、まずはその不具合により被害を受けた顧客への謝罪と補償が最優先事項で、その次は不良品の出荷を差し止め、市中に出回っている製品の回収が基本的な対応となります。そしてその次には再発防止のために、どの過程で不具合が生じたのかを追及することが必要となります。
ここで重要なポイントとなるのがトレーサビリティーです。どこから原材料を仕入れ、どの工場のどのラインで製造し、品質チェックはどの部署の誰が行い、工場からの出荷は何時で、その後、どんなルートで顧客のもとに届けられたか。こうした情報を瞬時に確認できることこそがトレーサビリティーです。
こうした情報をもとに、不具合が生じた工程を迅速に特定し、即時に改善策にとりかかることこそが、一度失いかけた顧客からの信頼を取り戻す唯一の方法であるといっても過言ではありません。逆に言えば、トレーサビリティーの仕組みが整っていなければ、不具合の発生原因の追及に莫大な時間と手間がかかり、顧客からの信頼を失うこととなります。また、昨今の情報環境においては、対応の遅さをインターネット上に流布されて多大なダメージを追うことも考えられます。今後の製造業においてはトレーサビリティーの確立は必須であると言えましょう。
業界ごとに求められるトレーサビリティ
いくつかの業界では、すでに自主的な基準を設けて、トレーサビリティーへの取り組みを始めています。
例えば自動車業界では、供給される製品やサービスの不具合を予防し、ばらつきを少なくし、ムダをおさえるためにIATF16949という品質マネジメントシステム規格を定めていますが、リコールなどが発生した場合はこのIATF16949にしたがって迅速に対応することが求められています。
また食品業界においては、BSEの発生を契機に制定された牛トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)および、適正なお米の流通を図るために米トレーサビリティ法(米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律)が制定されており、平成22年10月1日から業者間の取引等の記録の作成・保管が、平成23年7月1日からは産地情報の伝達がそれぞれ義務付けられています。
この二つの食品以外については、トレーサビリティ確保を罰則付きで義務付ける法令はありませんが、食品衛生法、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)、法人税法・所得税法では、記録の作成・保存等について規定されています。
トレーサビリティの考え方
トレーサビリティーには、生産に重きをおいた内部トレーサビリティー、チェーントレーサビリティーという考え方と、流通に着目したトレースバック、トレースフォワードという考え方があります。本章ではその各々について解説します。
内部トレーサビリティとチェーントレーサビリティ
内部トレーサビリティとは、サプライチェーン全体において一つの企業や工場など、特定の範囲に限定して部品・製品の移動を把握するトレーサビリティです。例えばパソコンの組み立て工場でマザーボードを製造する場合、「どのサプライヤーから半導体などの部品を調達したのか、組み立て後の検査結果はどうだったのか、組み立てたマザーボードはどのメーカーのどの工場に出荷したのか」を追跡できるようにしておくことが内部トレーサビリティーです。
チェーントレーサビリティとは原材料・部品の調達から加工、流通、販売まで履歴を追跡・遡及できる状態にすることです。製造した事業者は製品がどう流通していったのかがわかり、その製品を用いて別の製品を作る業者や、その製品を消費社に販売した業者、さらには消費者は、自分の手元にある製品や半製品がどこからっ流通してきたのかがわかる状態をさします。チェーントレーサビリティーがしっかりと構築されていれば、製造業者は製品に不具合が生じた際に迅速に製品を回収することが可能になり、かつ原因の究明にも短時間でとりかかれることとなります。また、消費者にとっても信頼性の高い商品を選択する際の一つの指標となります。
問題が起こった際に行うトレースバックとトレースフォワード
トレースバックとは時系列を遡って記録をたどることです。例えば出荷した製品に問題が発生したとき、原因をいち早く調べられます。ロットや工程が特定することで、速やかに工程改善・品質改善を実施することができ、製品品質の向上・安定につながります。
トレースフォワードとは製品の時間経過に沿って追跡することです。ある部品で不良が判明した際、その部品が使われている製品を特定し、ピンポイントで製品を回収することが可能です。そのためリコールや不良品への対策に有効です。
トレースフォワードは緊急処置の対処療法、トレースバックは原因をしっかりと特定しての根本治療に例えられるでしょう。
製造業が知っておくべきトレーサビリティの管理方法
製造業におけるトレーサビリティーとは、どこから入荷した原材料を使って、いつ、どこの工場でどうやって製造して、最終的に製品をどこに出荷したかを全て記録し、問題があったときにあとから追跡(または遡及)できるようにすることです。本章ではどのような情報を、どのレベルまで記録しておくべきかについて解説します。
どのような情報を管理するべきか
必ず把握しておくべき情報は5M+1Eでまとめられます。
・Man(人) 誰が生産または検査したか?
・Machine(機械) どのような機械・器具を使用して製造したか?
・Material(部品、材料) どこから納入されたどの製造ロットの部品や原材料をつかったか?
・Method(作業方法) どんな方法で、どんな設定(電圧、温度など)で作業したか?
・Measurement(測定) どんな測定機器でどんな測定をしたか?
・Environment(環境) どんな作業環境(温度、湿度、照度等)で生産したか?
5M+1Eは一つ一つの情報が正確に記録されていないと意味がありません。必要事項をすべて網羅した作業日誌などを用意し、確実に記録しておきましょう。
どの範囲までをカバーすべきか
前項における5M+1Eに加え、調達する原料から、消費者の手に渡る物流に至るまで、製品に関わるすべての工程に関してカバーすることが理想ですが、すべての工程にトレーサビリティーを導入することには莫大なコストがかかるため、なかなかすべての工程への導入は難しいようです。
例えば、物流に関してのトレーサビリティーを導入しようとする場合、製造業者は新しいシステムの構築やそのシステムへの専任担当者を育成・配置しなければならないというコストが生じます。またサプライヤーや配送業者にとっては、新しいシステムに適合しなければいけないというデメリットが生じます。
また、設計に関してトレーサビリティーを確立することは、設計漏れやテスト漏れを防ぐという効果がありますが、先進的な製品を設計しようとすればするほどそのためのソフトウェア開発は複雑化、大規模化し多大なコストと手間がかかります。
どこまでのトレーサビリティーを追及するかの判断は非常に難しいですが、まずは自社内での5M+1Eのトレーサビリティーを確実なものとしたうえで、状況に応じて範囲を拡大していくべきでしょう。
どのような単位で管理するべきか
トレーサビリティー管理にはいくつかの単位があります。代表的なものを三つ紹介します。
ロット
ロットとは同一の条件下で製造・出荷される同一製品群の単位のことです。通常ロット番号をつけて管理します。その製品におけるロット番号がわかれば、その製品がいつ、どこ で、だれが、どう作ったかがわかるようにするためです。流通現場では製造現場で使われ るロット番号をきちんと保管し、その製品を出荷・配送した後も残しておくことで、トレーサビリティの責務を果たすことができます。
コンテナ
コンテナは輸送に使われる容器で、船やトラックなどに積載されて目的地まで運ばれます。コンテナにも番号を付与することで、その製品がいつ、どこから発送され、どこまで 配送されたかを追跡することが可能となります。
シリアル
一番細かいトレーサビリティー管理方法です。部品や製品ごとに個別にシリアル番号を設定し、個別管理していきます。個別管理をしているのでその製品が不良品やリコール品であった場合、その製品がどこでどう作られ、どう保管・出荷されたかがわかりますが、製品一つひとつにコード番号を付与しなければならず、さらに個別管理をしないといけないので、製品の供給サイドには、より多大な手間とコストがかかることになります。
トレーサビリティをIT化する方法
トレーサビリティーをIT化するにはいくつかの段階を踏む必要があります。現在では様々な技術やツールが開発され、さほどの手間をかけることなくシステム構築が可能です。
2次元バーコードの活用
2次元バーコードとはいわゆるQRコードのことで、大量の情報を盛り込むことができる上に、スマートフォンなどのコードリーダーアプリを使用して読み込むことで、そのすべての情報を読み取ることができます。現在では果物や野菜などのパッケージにも取り入れられ、生産に関する情報を手軽に知ることができるため一般の方々にもなじみの深いツールです。製造業の現場でも大いに活用されています。様々な分野へ広く普及しているため、比較的安価に導入できるというメリットもあります。
RFIDの活用
製品にタグを取りつけ、そのタグの中に製品のID情報を埋め込んだチップを内蔵したものをRFIDタグと呼びます。このタグを利用することによってもトレーサビリティー体制を確立することが可能です。
RFIDを用いるメリットは、電波を用いた確認方法であるため、梱包されたままの大量の製品を一度で確認できることです。ただし、個々の製品のタグにはチップを内蔵する必要があるのでQRコードなどに比べるとコストアップになります。またチップの情報を読み取る端末も専用のものを用意する必要があります。
タブレットの活用
タブレットは手軽に社内データベースにアクセスでき、製品の情報を入手することが可能です。
製造場内はもとより、出先であっても即座に情報を入手することができ、迅速な対応が可能です。ただし、タブレット端末の購入の必要や、セキュリティーの精度を高めておかないと重要情報の漏洩につながる可能性がありますので注意しましょう。
まとめ
製造業に携わる人々には、安全・安心で必要な機能を備えた製品をっ消費者に提供する義務がありますが、残念ながら100%完璧な商品を提供し続けることは至難の業であり、どれだけ注意を払っていても不良品の発生を完全に防ぐことはできません。そこで必要となるのが、確実なトレーサビリティー体制を確立して、ミスを迅速に挽回し同じミスを繰り返さないよう努力することです。
ミスを起こさないに越したことはありませんが、仮にミスが発生したら、それこそ瞬時原因を特定し、事後の改善につなげることこそが信頼回復の最善策です。ツールの進化で瞬時の対応が可能となる日はそう遠いことではないのではないでしょうか。
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