2021年6月からHACCPが義務化。対応方法や罰則の有無、導入時の費用の目安を紹介
食品製造業
2024.01.25
2024.08.28更新
2020年の改正食品衛生法により、2021年6月から食品を扱うすべての事業者に対してHACCPの導入と運用が完全義務化されました。
2021年の農林水産省の調査によると、年間販売金額が3億円以上の事業所では、約9割以上がすでにHACCPを導入している状況です。一方で、年間販売金額が5,000万円未満の事業所においては、今後導入予定と回答している割合が3割ほどあります。
上記の数字が示すようにHACCPの義務化はまだ多くの事業者にとって課題であり、対応の途上にあるというのが現実です。特に中小規模の事業者にとっては、HACCPの義務化に対する疑問や不安が尽きないと思います。
本記事では、HACCPの義務化に関する詳細と実施しなかった場合の罰則、HACCP導入の背景、導入や運用時に掛かる目安の費用をわかりやすく解説します。
2021年6月から「HACCPに沿った衛生管理」が完全義務化
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point:危害要因分析重要管理点)とは、食品の製造・加工工程のあらゆる段階で発生するおそれのある微生物汚染等の危害をあらかじめ分析(HA)し、その結果に基づいて、特に重要な対策のポイントを重要管理点(CCP)として定め、そのポイントを継続的に監視・記録する工程管理システムです。
2020年の改正食品衛生法で「HACCPに沿った衛生管理」の導入・運用が義務化されました。この改正には他にも重要な点があります。
- 営業許可制度の見直し・営業届出制度の創設
- 食品リコール情報の報告制度の創設
- 食品衛生責任者の設置の義務化
その中でも「HACCPに沿った衛生管理」は、全ての事業者が自社の製品に合わせた手引書の入手や衛生管理計画書の作成などを行うために、2020年6月から2021年6月までの約1年間の猶予期間が設けられました。
HACCPに沿った衛生管理を実施しなかった場合の罰則は?
HACCPに沿った衛生管理が義務化されたとはいえ、実施しなかった場合の具体的な罰則について、食品衛生法には明確な規定がありません。しかし、厳密には罰則がないということではありません。食品衛生法の第五十一条には以下のような記載があります。
都道府県知事等は、公衆衛生上必要な措置について、第一項の規定により定められた基準に反しない限り、条例で必要な規定を定めることができる。
引用元:食品衛生法|e-GOV 法令検索
つまり、具体的な罰則は各都道府県の条例に委ねられています。そのため、地域によっては、HACCPに沿った衛生管理を実施しない場合、営業許可証の更新が認められなかったり、罰金が科せられたりする可能性があります。
法的な罰則以上に懸念すべきは、HACCPを導入しないことによる企業イメージへの影響です。食の安全に対する消費者の意識が高まる中、HACCPに沿った衛生管理を怠ることは、深刻な信頼低下を招く可能性があります。例えば、食中毒事故が発生した場合、HACCPを導入していなかったことが判明すれば、企業の責任がより厳しく問われる可能性が高くなります。
そのため、HACCPの導入は単なる法令遵守の問題ではなく、企業の信頼性と競争力を維持するための重要な投資と考えるべきでしょう。
HACCPに沿った衛生管理と従来の衛生管理の違い
食品業界における衛生管理の方法は、HACCPの導入によって大きく変わりました。従来の検査方式は、最終的な製品が出来上がってから出荷前に抜き取り検査を行うのが主流でした。抜き取り検査とは、生産されたロット(同一条件で製造された製品群)から一部の製品をサンプルとして抽出し、そのサンプルを検査することで全体の品質を推定する方法です。
しかし、抜き取り検査では検査対象になったものによって合否が分かれるため、合格になったロットの中でも不良品が見つかる可能性があります。そうなると、消費者に不良品を届けてしまうリスクが高くなりかねません。
これに対し、HACCPに沿った衛生管理では、「品質は工程で作り込む」という考え方が基本となります。具体的には、まずハザード分析(HA)を行い、製造過程で起こりうる危害を特定し、その分析結果に基づいて重要管理点(CCP)を設定して各工程での衛生管理を徹底的に行います。
HACCPに沿った衛生管理によって、従来の完成品を検査し、不適合品を消費者に届けないという考え方から、根本的に不適合品を作り出さないようにするという考え方に変わっていきました。
HACCPに沿った衛生管理は、食中毒の発生状況や国際基準に合わせる目的で実施された
HACCPに沿った衛生管理の義務化には、日本国内の食中毒発生状況の改善と国際基準への対応という2つの大きな目的があります。厚生労働省が発表している日本の食中毒発生状況によると、毎年一定の数の食中毒が発生しており、衛生管理の必要性がうかがえます。
年 |
食中毒の発生件数 |
患者数 |
死者数 |
2015 |
1,202 |
22,718 |
6 |
2016 |
1,139 |
20,252 |
14 |
2017 |
1,014 |
16,464 |
3 |
2018 |
1,330 |
17,282 |
3 |
2019 |
1,061 |
13,018 |
4 |
2020 |
887 |
14,613 |
3 |
2021 |
717 |
11,080 |
2 |
2022 |
962 |
6,856 |
5 |
2023 |
1,021 |
11,803 |
4 |
2024* |
460 |
7,079 |
2 |
*2024年8月時点
HACCPに沿った衛生管理の導入により、食中毒防止において以下の効果が期待されています。
- 危害要因の体系的な分析による予防的アプローチ
- 重要管理点での継続的なモニタリングによる早期問題発見
- 記録管理の徹底による迅速な原因究明と対策立案
次に、各国のHACCP制度化/義務化された年を確認してみると、日本よりもかなり早い段階で導入している国があることが分かります。
国名 |
制度化/義務化された年 |
オーストラリア |
1992年 |
カナダ |
1992年 |
アメリカ |
1997年 |
台湾 |
2003年 |
EU |
2004年 |
韓国 |
2012年 |
国際的な基準であるHACCPを日本の事業者にも義務化することで、以下のような効果が期待されています。
- 世界水準の食品安全管理による国際競争力の向上
- 海外輸出の機会拡大(HACCPが輸入要件となっている国への輸出が可能になる)
- インバウンド需要への対応力強化
- 国際的な食品安全管理の潮流への適応
- 外国人労働者の受け入れやグローバル人材の育成促進
HACCPの義務化は、国内の食の安全性向上だけでなく、日本の食品産業全体のグローバル化と競争力強化にも大きく寄与すると期待されています。
HACCPに沿った衛生管理は2種類に分かれる
HACCP義務化の対象となる事業者は、小規模な飲食店や食品小売店から大規模な食品製造業者まで幅広い範囲に及びます。しかし、すべての事業者に同じレベルのHACCP導入を求めるのは現実的ではありません。そこで、事業者の規模や業種に応じて、HACCPに沿った衛生管理を2種類に分けています。
HACCPに沿った衛生管理手法 |
対象 |
対象の例 |
HACCPの考え方を取り入れた衛生管理(旧基準B) |
小規模な営業者 |
・食品製造/加工をする営業者で、その製造/加工施設に併設 ・隣接した店舗で製造や加工をした食品を小売販売するもの(菓子や豆腐販売など) ・食品を容器に入れて小売販売する方(八百屋や米屋など) |
HACCPに基づく衛生管理(旧基準A) |
大規模事業者 |
・製造従事者が50人以上 ・と畜場 ・食鳥処理場(認定小規模食鳥処理業者を除く) |
大規模事業者には国際水準のHACCP導入を求めつつ、中小規模の事業者にも無理なく取り組めるHACCP導入の道を開いています。この2種類の区分けにより、すべての食品事業者がそれぞれの規模や業態に応じた適切な衛生管理を実施できるようになりました。ここからはそれぞれの衛生管理について詳しく解説します。
【小規模な営業者向け】HACCPの考え方を取り入れた衛生管理
小規模な営業者向けの「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」は、原材料の受け入れから出荷までの全てを自社の施設でおこなわず、小売をメインとしていたり、食品の取り扱いに従事する人数が50人未満であったりする事業場などを対象にしています。
・食品を製造し、又は加工する営業者であって、食品を製造し、又は加工する施設に併設され、又は隣接した店舗においてその施設で製造し、又は加工した食品の全部又は大部分を小売販売するもの(例:菓子の製造販売、豆腐の製造販売、食肉の販売、魚介類の販売 等)
・飲食店営業又は喫茶店営業を行う者その他の食品を調理する営業者(そうざい製造業、パン製造業(消費期限が概ね5日程度のもの)、学校・病院等の営業以外の集団給食施設、調理機能を有する自動販売機を含む)
・容器包装に入れられ、又は容器包装で包まれた食品のみを貯蔵し、運搬し、又は販売する営業者
・食品を分割して容器包装に入れ、又は容器包装で包み小売販売する営業者(例:八百屋、米屋、コーヒーの量り売り 等)
・食品を製造し、加工し、貯蔵し、販売し、又は処理する営業を行う者のうち、食品等の取扱いに従事する者の数が50人未満である事業場(事務職員等の食品の取扱いに直接従事しない者はカウントしない)
HACCPの考え方を取り入れた衛生管理では、各業界が作成する手引書を参考にして、簡略化されたアプローチによって衛生管理をおこないます。
本来であれば、「HACCPに基づく衛生管理」をどの事業者も行うのが好ましいですが、小規模な営業者の場合、「HACCPに基づく衛生管理」をそのまま実施するのは困難です。そのため厚生労働省が確認した手引書を参考に衛生管理を行うことになっています。
各業界が作成する手引書は、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(五十音順)から見ることができます。分類は細かく、飲食店や食肉処理、食肉販売、惣菜製造、菓子製造、給食の調理など幅広く準備されています。
どんな団体が作成したか、いつ作成され、改定されたかも掲載があります。一覧には改定日の記載がなくても、手引書の中で改定年月を記載しているもの(飲食店の手引書など)もあるので、自社で必要な手引書を見て中身を確認してみましょう。
手引書には主に、衛生管理計画(一般衛生管理と重要管理)の作成と計画に基づく実施、確認と記録の3ステップが記されています。
- 衛生管理計画(一般衛生管理と重要管理)の作成
- 計画に基づく実施
- 確認と記録
詳しい導入方法は記事の後半で解説します。
【大規模事業者向け】HACCPに基づく衛生管理
大規模事業者向けの「HACCPに基づく衛生管理」では、国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が共同で設立した、食品安全と国際食品規格の策定を担当する国際機関であるコーデックス委員会(コーデックス・アリメントァリウス委員会:Codex Alimentarius Commission)が定めた、「HACCP7原則」に基づき、衛生管理をおこないます。コーデックス委員会が定めたHACCP7原則は以下の通りです。
- 危害の分析(Hazard Analysis):危害の分析からどのようにして発生するか理解する
- 重要管理点(Critical Control Points)の特定:危害を制御するために重要な管理ポイントを特定する
- 重要管理点の設定基準の確立:各重要管理点を制御する基準を決め、食品の安全を保証する
- 重要管理点のモニタリング:各重要管理点を定期的に監視し、食品の安全を確認する
- 是正措置の実施:万が一重要管理点の基準が満たされていないときは適切な措置を行う
- 検証と確認;HACCP計画が機能しているかを定期的に確認する
- 記録の保持;HACCP計画の実行と運用の記録をし、保管する
参考:GENERAL PRINCIPLES OF FOOD HYGIENE|CODEX ALIMENTARIUS
また、HACCPに基づく衛生管理で対象となるのは、製造従事者が50人以上、と畜場、食鳥処理場(認定小規模食鳥処理業者を除く)のいずれかに当てはまる事業者です。
大規模事業者向けの「HACCPに基づく衛生管理」で作成する衛生管理計画も小規模な営業所で作成するものと大きく差はありません。こちらも厚生労働省が公開している「HACCPに基づく衛生管理のための手引書」を基に自社に合ったものを参考にして作成します。
HACCPに沿った衛生管理を行うには「7原則12原則」に従う
HACCP7原則12手順とは、1993年にCodex(コーデックス)委員会によって策定された、食品の安全性を確保するための国際的な規格であり、食品製造工程におけるリスクを分析し、管理する方法を定めたものです。HACCP7原則12手順は、5つの事前手順と7つの原則から構成されています。
具体的に各施設でどのようなHACCP管理が行われるのか、例を挙げて解説します。
施設名 |
実施すること |
食品工場 |
・原材料受け入れ時の温度や状態確認 ・冷却工程での温度管理 ・金属探知機による異物混入チェック ・包装工程での密封状態の確認 ・製品の保管温度のモニタリング |
飲食店 |
・食材の適切な保管温度管理 ・調理器具の洗浄・消毒の実施と記録 ・従業員の健康状態チェックと記録 ・調理済み食品の中心温度確認 ・食品の提供までの保管時間管理 |
ホテル |
・朝食ビュッフェの温度管理と提供時間の記録 ・客室冷蔵庫の温度管理 ・ルームサービス食品の配膳時間管理 ・調理場の衛生状態の定期チェックと記録 ・食器洗浄機の温度管理 |
スーパーマーケット |
・生鮮食品の陳列温度管理 ・惣菜の調理時間と販売期限の管理 ・冷蔵、冷凍設備の温度モニタリング ・商品の在庫管理と消費期限チェック ・従業員の手洗いと衛生管理の徹底 |
各施設で実施する「HACCPに沿った衛生管理」の具体例
重要なのは、各施設が自らの業態や規模に合わせて適切な管理ポイントを設定し、継続的にモニタリングと記録を行うことです。形式的なHACCPの導入ではなく実際の業務フローに沿った実践的な管理を行うことで、食品安全のリスクを最小限に抑え、消費者に安全で高品質な食品を提供できます。
HACCPに沿った衛生管理を導入・運用する際の費用
HACCPに沿った衛生管理の導入・運用には、一定の費用が必要になります。特に、重要管理点を厳格に管理するための新しい機材や設備の導入、専門的な知見が必要な場合のコンサルタント費用などが主な支出となります。
コンサルタントに依頼する場合の相場は、事業規模や業種によって大きく異なりますが、一般的に30万円〜100万円程度と言われています。小規模な飲食店であれば30万円前後から、大規模な食品製造工場では100万円以上かかることもあります。
しかし、HACCP導入にかかる費用負担を軽減するために、政府や各自治体では様々な補助金を用意しています。これらの補助金は、設備投資やコンサルタント費用、さらには管理ツール(デジタルツール)の導入にも活用できることが多いです。以下に、具体的な補助金の例をいくつかまとめました。
補助金名 |
実施主体 |
概要 |
食品産業の輸出向けHACCP等対応施設整備事業 |
農林水産省 |
輸出向けHACCP等の認定・認証の取得による輸出先国の規制等への対応(交付率2分の1以内)に必要となる施設や機器の整備を支援 |
中小企業者等による感染症対策助成事業 |
東京都 |
都内中小企業等を対象に、感染症対策に資する設備導入費用の一部を助成 HACCP導入に関連する衛生管理設備も対象となる場合がある |
輸出向けHACCP等対応施設整備や機器導入に関する補助事業 |
鹿児島市 |
市内の中小企業者等を対象に、HACCP導入に必要な設備整備や専門家によるコンサルティング費用の一部を補助 |
HACCPに関する補助金の例
上記のような補助金は申請期間や予算に制限があることが多いため、導入を検討している事業者は早めに情報収集を行うことをおすすめします。また、地域の商工会議所や保健所などでも、HACCP導入に関する相談や情報提供を行っていることがあります。
HACCPの義務化への対応は当たり前!徹底した衛生管理をしよう
HACCPに沿った衛生管理の義務化は、もはや食品業界において当たり前のものとなりました。しかし、これは単なる法令遵守の問題ではありません。徹底した衛生管理は消費者に安心を与え、事業者自身の信頼性と競争力を高める重要な取り組みとなります。
近年、異物混入や食中毒などの食品事故のニュースは後を絶ちません。このような食品事故が起こると、企業イメージの低下だけでなく、多大な経済的損失をもたらす可能性があります。しかし、HACCPによる管理を適切に実施することで、こうした問題の発生を未然に防ぐことが可能です。
すでにHACCPを導入している事業者も、現在の作業方法や記録方法を今一度見直してみることをおすすめします。形式的な導入にとどまっていないか、実際の業務フローに適切に組み込まれているか、従業員全員がその重要性を理解しているか、などを確認してみましょう。
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